茨城 二人で温泉
「海鮮料理、うまかったな。」
結局伊勢海老では腹は満たされず色々な海鮮料理をつまみ食いしてしまった。
妃愛香はアタシが買った海鮮料理をつまみながら、ただ後ろをついてくるだけだったが。
「ええ、センスが良かったわね、麗奈♪」
「ったく、ただ飯食いが……。」
彼女の頭を小突いて、アタシたちは車に乗り込む。
時計を見ると18:30、どこか出かけるにも遅い時間だ。
「そろそろ宿にチェックインでもするか。」
「あら、二人でも泊まれるかしら? 」
「まぁ……二人でも寝れる部屋ではあるかもしれないから大丈夫だ。」
こちらを見つめながら微笑む妃愛香を横目で見て、アタシは車のエンジンをかけて宿へ出発した。
・・・・・・
「ここか、よさげな旅館だな。」
到着した宿はきれいな旅館で、ホームページによれば天然温泉が湧いているらしい。
念のためと二人部屋で予約したのが功を奏したらしい。
「近くにコンビニもあるし、買い出しにも行けるわね。
今夜は酒盛りよ~♪」
「ったく、運転があるんだからほどほどにしておくよ。」
車を止めてアタシたちは歩き出す。
ごく自然な感じで妃愛香が手をつないできたので、アタシは無言でその手をつなぎ返した。
「……ふふっ。」
彼女は嬉しそうに微笑み、心なしかアタシの前を歩いて行った。
「おい、引っ張んな~。」
「行くわよ~麗奈~♪」
なぜか妃愛香に引っ張られたまま、アタシたちは旅館の受付に到着した。
「いらっしゃいませ、ご予約はお済みですか?」
「あぁ、一人の予定だった鬼城麗奈だけど引っ付き虫のせいで二人に変更だ。」
アタシがそういうと妃愛香はむすっと、受付の人はくすっと笑って口を開いた。
「左様でしたか、鬼城様はお二人用のお部屋で予約されてますので問題ありません、こちらの用紙にご記入だけお願いします。」
「はいよ。」
あたしはそう言って用紙に記入を始めた。
そのあいだ妃愛香は旅館のなかをじっくりと眺めていた。
「きれいな旅館ね……♪」
受付に飾られた花瓶を眺めながら、彼女が小さくつぶやいた。
ニコニコと花瓶の中の花を見つめ、アタシが記入を終わらせるのを待っている。
「よし、これでいいかい? 」
アタシは書き終わった用紙を受付に渡し、周りを見渡してみた。
壁には和風の絵が飾られていて、おしゃれな内装になっていた。
「ご記入ありがとうございます。
お部屋は階段上ってお二階の角部屋になりますのでごゆっくりおくつろぎください。」
「ありがとう。妃愛香、行くぞ。」
アタシは妃愛香の手を取って部屋へ向かった。
手をつながれた妃愛香はやはりうれしそうな表情をうかべ、受付の人もそれを見て微笑んでいた。
アタシはそれがなんだか恥ずかしくなり、足早に階段を上った。
・・・・・・・
「あら、いいお部屋じゃない♪」
部屋に入って開口一番、妃愛香が感嘆の言葉を漏らした。
内装は和風、奥に一畳の間があり、そこに椅子とちゃぶ台が置かれていた。
その先には窓があり、沈んでいく夕日を見ることができた。
「まぁ、一人だったら贅沢な宿になってたか。」
アタシは独り言を漏らして、荷物を床に置いた。
床に座ると、妃愛香が自分のバッグからタオルと着替えを取り出してアタシの手を取ってきた。
「せっかくなんだから、天然温泉入りましょう?
露天風呂だから景色も楽しめるって書いてあったわ。」
「少しは休ませてくれよ……」
「温泉につかりながら休むのが粋でしょう? 」
目を輝かせながら話す彼女に負けて、アタシもカバンから着替えとタオルを取り出した。
「あーったよ、行くか。」
「ふふ、わかってくれてうれしいわ♪」
自然と、あたしは妃愛香と手をつないだ。
初めてつないだ時のような恥ずかしさは薄れつつあり、むしろアタシから積極的に手をつないでしまっている気がした。
「……積極的になったわね、麗奈♪」
「……うるせぇっ」
からかう妃愛香にアタシは強く言い返せず、代わりに頭を優しく小突いた。
「あいた」とわざとらしく反応してくれたのを見て、アタシたちは部屋を出て温泉へと向かった。
「いい湯だな、やっぱ温泉は日ごろの疲れをいやしてくれるってもんだ。」
シャワーで体を洗い流して、アタシたちは温泉に入った。
少し熱いくらいの湯が酷使した体に染みわたり、アタシは無意識に目を閉じてしまう。
「ふふ、のぼせて旅行台無しはだめよ~? 」
アタシの肩をツンツンとつつきながら、妃愛香がまたからかう。
アタシはそれにこたえる余裕もなく、押し寄せるだるさを受け入れていた。
「はぁ~っ……生き返る……。」
このままだと眠ってしまうと思ったアタシは頭を上げ、あたりを見回してみる。
竹林をイメージして作られた露天風呂は目に優しく、時折吹く寒風がむしろ心地よい感覚をもたらしてくれた。
その中でアタシは、竹林の奥にたたずむ小屋があることに気づいた。
「おい、妃愛香。
あれ、サウナじゃね? 」
そう彼女に問いかけ、その小屋を見た妃愛香がニヤリと笑ってアタシにある提案をしてきた。
「我慢対決しましょ。
負けたほうが~、罰ゲームでっ♪」
いかにも悪だくみをしている妃愛香をじーっと見つめ、アタシは湯から出た。
「いいぜ、どんな罰ゲームでもかかってきな。」
「ふふふっ♪」
そうしてアタシたちは、サウナ室に入っていった。
小屋の前の紹介によれば、関東屈指の暑さを誇るらしい。
「あっつ……けど負けねぇから……。」
妃愛香はただ微笑み、椅子に腰かけた。
アタシも続けて横に座り、目を閉じる。
――体中の汗腺から、汗が出ている感覚。
――足元から徐々に、熱がこもっていく感覚。
――世界の音が遠くなり、どこかへ行ってしまいそうな感覚。
永遠にも思える時間を過ごした気になり、アタシは目を開けてサウナ室に置かれた時計を見た。
――まだ、三分。
カップラーメンが完成する時間になって、アタシは茹で上がりそうになって妃愛香などお構いなしにサウナ室を後にした。
外で息を整えていると、すぐに妃愛香が出てきてアタシの背中をさすった。
「我慢が足りないわね、麗奈♪」
「うぅ……ぐぅの音もでねぇ……。」
「さて、整いましょうか。
水風呂はあそこよ。」
そういって彼女はアタシの手を引っ張って無理やり水風呂に入れようとしてきた。
「ちょ、ちょっと、まだこころの準備っ、がっ」
アタシの情けない悲鳴を聞いて、妃愛香は愉快に笑っていた。