プロローグ 出発の日
プロローグだけ第三者視点です
とある真冬の晴れ渡った朝、一人の女性がベッドから体を起こした。
「んぅ、よぉく寝た。」
ベッドの上に座り、背伸びをしていると彼女のスマホに着信がかかる。
「はい、もしもし。」
「おーい、麗奈。
お前さんが頼んでた新車の調整終わったところだから取りに来いよ。」
「あいよ、すぐ行く。」
「楽しみにしとけよ、絶対に満足する出来栄えだ。」
「はいはい、アンタのそれは聞き飽きたよ。
今から行くから待ってな。」
電話を切り、立ち上がる彼女の名前は鬼城麗奈、幼いときから父親しかいなかった彼女は父親譲りの男気になってしまった。
服を着替え、バッグを持った彼女は一階に降りて、リビングに寄った。
そこには父親が朝から酒を飲んでいて、それを見た麗奈がため息をこぼす。
「休みだからって、飲み過ぎんなよ。」
「ん?
ああ、わかってるよ麗奈。」
麗奈を見て、酒を飲んでいた手を止めると、彼は再び口を開いた。
「今日から、行くんだろ......?
これ、持っていけよ。」
そういって父親が差し出したのは、五万円だった。
麗奈はその金を見て、首を横にふる。
「いらねえよ、なんのために10年クソったれな職場で働いたと思ってんのさ。
アタシの旅なんだからアタシの金で行かせてくれよ。」
「成長したな。」
彼女の言動を聞いて、父親は5万をしまって再び酒に口をつけた。
「んじゃ、アタシは行くから。
しばらく体気をつけなよ。」
「言われなくてもそうするよ、麗奈。」
父親との会話もそこそこに、麗奈は家を出た。
出発の日を出迎えるかのような晴れ渡った空、それに相反するように冷えた風が麗奈の全身を冷やしていくが、それも構わず、電話先の男のところまで歩き出した。
そう、今日は麗奈が決めた日本一周旅行を実行する日である。
彼女が18歳のときに決意し、血のにじむような努力を積んで貯めたお金を使い、日本を一周するのだ。
「ったく、楽しみったらありゃしないっ。」
ふふっと微笑み、彼女はそうつぶやいた。
「おーい、来たぞ。」
町外れにある小さなガレージ、そこのシャッターをくぐりながら、麗奈が声をかけた。
すると白いセダンをいじっていた一人の男が彼女のほうを向いた。
「おぉ、麗奈。
これ見ろよ、電気つけるぞ。」
男が電気をつけると、そこには新車の輝きを放っている一台の真っ白なセダンがあった。
麗奈のセンスで買ったその車は、彼にメンテナンスされて完璧に調整されていた。
「ほら、エンジンかけてみろって。」
「ああ、言われなくてもやってみるよ。」
麗奈は運転席に座り、刺さっていた鍵を回す。
すると響いてきたのは心地の良いエンジンの発進音だった。
「ケツにスペアタイヤも積んでるからパンクしたら使え。
でも今から出るには早くねえか? 」
現在時刻は10:30、彼女は出発する前にやりたいことがあった。
「まぁね、今から地元の奴らに挨拶してくるよ。
一通り挨拶してから出発さ。」
「なるほどな、義理深いやつだこと。」
麗奈は車のエンジンを切って運転席を降り、財布を取り出した。
「んで、お代は?
まだ払ってなかっただろ。」
「あぁ、お代なんだけどよ......アンタの親父さんが払ってくれたから大丈夫だ。」
それを聞いた麗奈は口をぽかんと開けて唖然とした。
そして次の瞬間舌打ちをした。
「っち、あの親バカ......勝手なことしやがって。」
「親なりに支援したい気持ちがあるんじゃないのか?
受け取ってやんのが親孝行ってやつだ。」
「あー、はいはい。
わかったよ、んじゃアタシは行くから。」
「あいよ、気をつけてな。」
麗奈が再びエンジンをかけると男がシャッターを上げるボタンを押し、シャッターを上げた。
上がりきったと同時に、麗奈がアクセルを踏んで車を発進させた。
車を走らせて最初に向かったのは、幼なじみの家だった。
車を家の前に止め、家のインターホンを押す。
「はーい、翔です。」
「麗奈だ、ちょっと面貸しな。」
しばらくすると、家から冴えない男が一人出てきた。
寝起きなのかボサボサの髪の毛の彼は、麗奈の車を見て目を丸くした。
「よう、今日出発するよ。
しばらく顔見れなくなるな。」
ニコッと彼女が笑うと、翔は少し寂しそうな顔をした。
「そうか、今日だったのか......気をつけて行ってきなよ。」
「言われなくたって安全運転で行くに決まってんだろ。
そんな寂しいなら一緒に行くか? 」
「いや、いいよ......金ないし......。」
「はっ、アンタらしい。
んじゃ、アンタも体に気をつけろよ。」
幼なじみの翔との会話もそこそこに、麗奈は車に乗り込んだ。
彼が家に戻るのを確認して、彼女も車を走らせた。
「まぁ、挨拶に行くのはあと一人だけなんだけどな。」
挨拶に行くもう一人は、マンションに住んでいた。
麗奈は車をマンションの前に止めて、その住人に電話をかける。
【もしもし~?麗奈~?】
電話先の相手は声色に艶っぽさのある女性だった。
「ああ、アタシだ。
ちょっと話したいから下りてきな。」
【はいは~い。】
しばらくすると、色っぽいお姉さんの雰囲気を纏わせた女性が車に近づいてきた。
「麗奈、今日から行っちゃうのねぇ。」
「あぁ、今日のために頑張ってきたからな。」
麗奈が喋っている間に、その女性が後ろに自分のものと思われる荷物を置いていった。
「おい、何してんだ妃愛香」
「麗奈一人だと心配だからぁ、私もついていくわねぇ? 」
否応なしに助手席に乗り込んできた妃愛香を押しのけようとしたが、押しのけられるたびにする彼女の悲しそうな顔に耐えられず、ついに受け入れてしまった。
「ったく、いいんだけどさ......」
「うふふ、大好きよ麗奈ぁ♪」
大変な相方を乗せて、麗奈の長い旅が始まった。
次回から麗奈目線でのお話になります。
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