5
「ど、どうって……」
「まさか、このまま本気でエーリヒ様とお付き合いできるだなんて思っていませんよね?」
ガドフリーの冷たい視線に、リネットは言葉を飲み込んだ。同時に自分の不安が当たっていたことを確信する。──やはり、現実はそう甘くはないのだ。
「エーリヒ様のお屋敷、貴女も見たことありますよね? 使用人の数も、お抱えになっている領地もご存じのはずですよね? ……もう子供ではないのですからおわかりになるでしょう。エーリヒ様はそこらの貴族家とはわけが違うのです。貴女、恥をかかせるつもりですか」
「! …………そんなつもりは、ありませんでした」
そこだけは否定しなくてはと、リネットはなんとか口を開いた。
眉間の皺を深くしたガドフリーを見上げつつ、言葉を探す。
「軽率なことをしたと、反省はしています。でも……まさかこんなことになるなんて思いもしなかったから」
そう、だから告白なんてできたのだ。エーリヒもリネットを好きでいてくれるなんて、思いもしなかったから……。
けれどガドフリーは、一層不快そうに目をすがめてくるだけだった。
「思いもしなかった?」
「はい」
「……貴女、まさかエーリヒ様が交際を断ると思ってらっしゃったんですか?」
だからそう言ってるじゃないのと。思いつつ頷いたリネットに、ガドフリーは今日一番の深い深いため息をこぼした。片手で額を覆い、小さく唇を動かす。
「…………最悪だ」
「え?」
「……いえ、こちらの話です」
気を取り直すように咳払いをしたガドフリーは姿勢を正すと、もう一度リネットを見つめてきた。そうして確認するように問うてくる。
「つまり貴女は【断られることを前提として】エーリヒ様のお気持ちを試したと言うわけですね」
「………………はい」
言葉にされると、自分の身勝手さがより鮮明になった気がした。ガドフリーが呆れるのも当然のことだった。
「わかりました。──では、今から撤回してきてください」
「…………え?」
「聞こえませんでしたか? 今すぐ『昨日の告白は冗談だった』とお伝えしてきてくださいと申し上げたんですよ。ああ、早いほうがいいでしょうからお送りしますね」
「! ………ちょ、ちょっと待ってください! 今からですか!?」
「はい」
動揺するリネットなど構わず、ガドフリーはさっさと歩き出してしまう。リネットは慌ててその背を追いかけた。
「ガドフリーさん……っ! あの」
「エーリヒ様とお付き合いするつもりがなかったのでしたら構わないでしょう? さあ、お早く」
「こ、心の準備が」
「時間が空けば空くほど伝えづらくなるかと思いますが、いいのですか」
「……っ」
ぴたりと歩みを止めたガドフリーにぶつかりそうになり、リネットは硬直する。
(そうだけど、でも……っ)
昨日の今日で、あれは冗談だったと言って──果たして
エーリヒは納得してくれるだろうか。
彼は普段は温厚だけれど、意外と融通は利かないし、頑固な一面も持っている。以前リネットを使用人と勘違いした店員にも訂正と謝罪をしつこく要求していたし……。
(あのときはちょっと怖かったな……。って、ううん。今はそれはどうでもよくて)
──エーリヒに、昨日の告白は冗談だったと言って交際は取り下げてもらう。
ガドフリーの言うように、それが今できる最善の策だということは分かっていた。けれど。
──嬉しいなぁ。両思いだったんだ。
エーリヒの屈託のない笑顔を思い出して、リネットは罪悪に胸を締め付けられた。あんなに喜んでくれたエーリヒをリネットはこれから傷つけることになるのだ……。
もしも逆の立場だったらと考えて、リネットはきつく目をつむる。そんなの、耐えられそうにない。
だったら。
リネットはしばし考えてから、顔をあげた。
「あの、ガドフリーさん」
「はい?」
「正直に言ったら、エーリヒをがっかりさせちゃうと思うんです」
「…………がっかりで済めばいいんですけどね。……それで?」
「はい。だから、ちょっとだけでも付き合って『ないな』ってエーリヒから思ってもらうっていうのは、どうでしょうか? 私がすごく粗野にふるまうとか」
「ないですね」
「え」
「ちょっとでも付き合ったら婚約まで持って行かれますよ」
「そんなわけな」
「貴女、全然お気づきじゃないようですからお伝えしますけど」
本当は言いたくないんですけどと心底不愉快そうにさらに前置きをして。
ガドフリーはリネットを見下ろした。
「エーリヒ様は、貴女が思っている以上に貴女のことがお好きですよ」




