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──彼といつまで一緒にいられるだろう。
この頃リネットはそんな不安を抱くようになっていた。
彼と自分の、身分の違いを自覚してしまったからだ。
「リネット、久しぶり」
背にかかった柔らかなその声に、リネットは顔を上げた。
樹々に囲まれた小径を走ってくるのは、癖のない黒髪を靡かせた少年だ。高級店で誂えたに違いない糊の効いたシャツにチェックのベスト、身体の線に合わせたズボンを纏う少年は、見るものに裕福さと育ちの良さを思わせる。
艶が出るほど磨かれた革靴に泥がつくのも構わず、少年はこちらに駆けてくる。そうしてリネットのすぐそばで立ち止まると、やはり屈託なく笑うのだった。
「元気にしてた?」
リネットは立ち上がりながら頷く。
「ええ、もちろん」
少年──エーリヒへ「あなたも元気そうで良かった」と微笑めば、満面の笑顔を返された。そのまま目尻に口付けを落とされる。挨拶のキスだ。
「会いたかった」
「私も」
リネットはその感触を受け止めながら、触れた前髪のくすぐったさに身を捩った。こんな挨拶、リネットはエーリヒとしかしたことがない。遠く離れた帝都で暮らしているエーリヒの方はどうだか知らないけれど。
「リネット、お茶に行こう」
顔を上げたエーリヒに手を握られる。リネットは畑仕事の最中だった。だからそこについているはずの土くれが気になって身を引こうとしたけれど、動きを予測していたエーリヒは、先まわりするみたいにリネットの手を引いてしまう。リネットの性格を熟知しているのだ。
「聞いたんだ。新しいカフェが出来たんだって?」
にこにこと誘ってくれる彼の心に他意はないのだろう。両親の教育の賜物か。エーリヒはその身分を笠に着ることなく、誰にでも分け隔てなく接している。しかし、だからこそリネットは、自分が特別だなんて勘違いをしないようにするのに必死だった。この頃は、特に。
「あともう少しで摘み終わるから待っててくれる?」
平静を装って言えば、エーリヒは快く頷いてくれる。そうして、あろうことかシャツの袖ボタンを外し腕捲りをしてその場に屈んだ。
「手伝うよ。どれを摘んだらいいの?」
断るだけ無駄だろう。こんな時の彼の融通の利かなさをよく知っているリネットは、諦めて隣に屈んだ。
「その葉っぱが白いの、お願い」
「ああ、これだね」
リネットの指示通りに、エーリヒは手際よく薬草を摘み取っていく。彼を溺愛する従者にこんな光景を見られたら、また小言を言われるだろうと思った。
「いい匂いがするね」
「香草だもの」
「香草?」
料理にも使用される葉っぱだと教えてやれば、エーリヒは「へええ」と珍しそうに薬草を見つめた。
「リネットは物知りだね」
「普通よ」
くすくすと笑い合う。暖かな午後の昼下がり。
薬草農家の娘リネットと、帝都に住まう貴族家の嫡男エーリヒ。
普通なら知り合うはずもない二人の友人関係は、気づけば十年以上も続いていた。
二人は今年で、十六歳になる。
そしてリネットの悩みは目下、年頃の乙女らしいそれ──この燻る恋心を、どう落ち着けようかということだった。望みの薄すぎる、この恋心を。




