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冬嵐記  作者: 槐
第四章

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90/308

17-1

 興津が片膝を土につけ、立てたほうの膝の上に手のひらを重ねる。

 心を無にしてその上に足を乗せると、ぐっと身体を持ち上げられた。

「……世話になった」

 先に馬に乗っていた二木の前に落ち着いて、立ち上がった興津と視線を合わせる。

丸顔の、人の好さげな顔が、にこりとこちらを安心させるように笑み崩れた。

「先に今川館のほうでお待ちしております」

「さほどかからぬ」

「はい」

 町の木戸が開けられて、勝千代は福島の家臣たちとともに出立した。

 

 この時代の馬は、ポニー程度に小柄なのだろうと思っていたが、想像の中のポニーとはかなり様相が違った。

 確かにサラブレッドのように大きくはないし、スマートなフォルムというわけでもない。

 しかし、小柄なこの時代の人間が乗ってちぐはぐに感じるほどではないし、むしろ野性味があって逞しかった。

 勝千代と二木の二人分の重さを背負っても、黒毛の馬の足取りは軽く、機嫌よく坂道を下っていく。

 その足取りに過重感はなく、スタミナもありそうだ。

 

 勝千代を含め二十有余の騎馬は、まっすぐ福島陣営へと向かっていた。思いのほか機動力もあり、時間にして一時間もかからなかったと思う。

 まだ日が西に傾かないうちに陣営の端に到着し、誰何もなくかなり奥まったところまで通された。

 こんなに警戒がガバガバなわけがないから、何者かが意図して誘い込んでいるのだろう。

 勝千代は、手綱を握った二木の腕に手を乗せた。

 緊張し、ものすごく力がこもっている。

「手はず通りにすればよい」

「……はい」


 本陣に近づくにつれ、兵たちの視線が集まってくる。

 やがて、対面からがっちり鎧兜に身を固めた槍兵がわらわらとあらわれて隊列を組んだ。

 少し手前で馬を止め、二木がひそかに手で合図を出す。

「……無礼者!」

 一拍置いて、土井がよく通る声を張り上げた。

「若君に矛先を向けるとは何事だっ!」

 やはり父の影響力は強いようで、武装していた槍兵たちは明らかに怯んだ。

「ええい! 下がれ下がれ!」

 それでも槍の構えを下ろさないのは、明確な命令があるからだろう。

「若君!」

 打合せどおりのタイミングで、本陣に残っていた父の側付きたちが集まってきた。

 勝千代とも顔見知りの、岡部の城からしばらく旅を同じくした連中だ。

 気になるのが、彼らの顔面にも青あざや切り傷がある事だが、武装解除はされていなかったようで、手に手に武器を持って駆け寄ってくる。

「おお、ご無事で!!」

 涙ながらに馬の側に膝をつくのは、勝千代に反発心を見せていた男だ。

 そういえば、山を下りるころには隔心が薄れていたような気がする。

 ともあれ、これでこちらの手勢は五十名弱。宿場町まで付いて来ていた者たちの中には敵方もいるかもしれないと危惧していたが、今のところは粛々と指示に従ってくれている。

 

「ここは子供の遊び場ではございませんぞ」

 やけに遠くから、そんな声が聞こえてきた。

「志沢です」

 二木が小声で教えてくれた。

 キーパーソンだと言っていた、福島分家のひとりだ。

 最近代替わりした若い男で、駿府では御屋形様の側に仕えその才を愛でられていたそうだ。しかし二木いわく、一度も前線に立ったことのない腰抜け。

 実際はどうであれ、そう噂されるのは本人にしてみれば忸怩たるものがあっただろう。

 勝千代はその声の主を探したが、ものものしい鎧兜の集団に囲まれて、よくわからなかった。

「……始めろ」

「はい」

 唇を動かさずそう言うと、二木はしっかりとした口調でそう返事した。


「これはどういうことだ、まさか殿への謀反ではあるまいな!」

 二木の強い口調の声に、槍兵がじりりと引く。

 その、あからさまなほどの動揺に、勝千代は「やはりな」と納得した。

 事情を知る者はほとんどなく、彼らはただ命令に従って動いているだけだ。

 上の者から命じられてこの場にいて、命じられて勝千代に槍を向けている。

 それを「謀反」だなどと言われたら、躊躇もする。

 事情が分かっていて、たとえば叔父や志沢についていこうとしている者がどれだけいるだろう。

 これが一か月後とか半年後とかであったら分が悪いかもしれないが、今ならまだ、福島家の当主は父であり、嫡男は勝千代だ。


「捕えよ!」

 どこからか鋭くそう命じる声がした。

 迷っていた槍先がぴたりと勝千代の方を向く。

「やはりそうか! 謀反者めらが!! このような時期に殿の命なく兵を集めるとは、おかしいと思うておったのだっ」

 若干の棒読み感があるが、大音声でそう言って刀を抜いたのは南だ。

「御屋形様御不予の隙をついて何をするつもりだ!!」

 ざわり、と周囲の男たちに驚愕の波が走るのがわかった。

「今川を敵に回して、ただで済むと思うな!」


 ちょっと大衆劇っぽくなってきたが、やろうとしていることは単純だ。

 ここにいる者たちの戦意を削ぎ、命令への不信感を募り、ついでに戦力としてこちらに引っ張り込もうというのだ。

 たとえば叔父の味方をして、福島家内での影響力を増したいと野心を持つ者がいたとしても、今川家を敵に回したいとは思わないはず。

 これまで今川家の兵として、父の指揮下で戦ったことがある者なら、まず父への謀反ということに「えっ」となり、今川家への大逆と聞けばブンブンと首を横に振るだろう。

 こうやって人の誤解や思い込みを利用するのは二木の得意とするところだ。

 ちなみに、この作戦をまとめるのに要した時間はたったの三十分だ。

 ……普段からこんなことばかり考えてるんだろうな、こいつ。

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福島勝千代一代記
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― 新着の感想 ―
[一言] 二木よ… いつも寝るとき下剋上して立身出世してる夢を見てそう
[一言] 二木は役に立ちますねえ
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