16-5
勝千代は立ち止まり、二木をはじめとする男たちの平伏を見下ろした。
ぎり、と歯ぎしりをしたのは南だ。
土井も、柄を握り締める手が白い。
勝千代はそんな二人の間を通り、地面に額を擦りつけている男たちのもとへと歩を進めた。
「二木」
「……はっ」
二木のひょこりと立った髷を見下ろして、激情を堪える。
理性ではわかっている。若い二木にはどうすることもできなかった。
だが、こうなる前に打てる手はあったのではないかと、今さら言っても仕方がない言葉が口をついてこぼれそうになる。
「経緯を」
二木はわずかに顔を上げ、乾いた土に指先を食い込ませた。
額に着いた土くれが、ぼたぼたと滴る涙の間に落ちる。
「……っ」
「二木」
勝千代が再び名前を呼ぶと、二木はがばっと顔を上げた。
その頬はこけ、目の下には隈。滂沱と流れる涙で濡れる頬には青あざ。
額からなおもぱらぱらと落ちる土が、茶色い筋になって顔面を汚している。
「泣いている暇などない」
二木はぐっと奥歯をかみしめ、喉ぼとけを上下させた。
「時間がないのはわかるな?」
勝千代は小さな歩幅で、男たちまでの距離を詰めた。
ここまで来て初めて、平伏する男たちのほとんどが見知らぬ面々だという事に気づく。
父とともに駿府に向かったほかの者たちはどうしたのだろう。
「起こったことを端的に話せ。憶測などはいらない」
「……も、もうしわけ」
「謝罪も必要ない」
勝千代は汚らしい二木の顔面に顔を寄せ、その細い目の奥を覗き込んだ。
泣くな。四歳児が泣くのを我慢しているんだぞ。
必死に涙腺を引き締めている勝千代の視線を浴びて、再び二木の双眸から涙が迸る。
だから泣くなって‼
父とともに駿府に到着してからの話は、それほど長くはなかった。
旅装を解くために屋敷に向かい、登城の許しを得るため使者を出そうとしたところで、兵が御屋形様の御下知状を持って父を捕えに来た。
二木は、事情がはっきりするまで屋敷にとどまるように、と父にアドバイスしたそうだ。
だが父は、主君の命令に否やを言わず従った。
そして……帰ってこなかった。
「せめて事情をと今川館に伺いを立てても、返答もございませぬ。挙句の果てには、あろうことか殿を謀反人と、地下牢に封じたと……っ」
硬い地面に向かって、こぶしを叩きつける。
更に深刻なのは、その後だった。
駿府にある福島家屋敷に叔父の兵庫介助春がやってきて、交渉をしてくると今川館に出向き、父の引責という形で収めようとしたのだ。
それを不服としたのが福島分家の者たちだ。たちまち兵を集め、叔父を説得した。父を取り返す交渉をすると約束させ、一門の旗印に据えたそうだ。
はっきり言わせてもらおう……嵌められたな。
父の引責の件はともかくとして、明らかに分家の動きは叔父に都合が良すぎる。おそらくだが、最初から一部の者を買収していたのだと思う。
それでないと、迅速に軍備を揃えるなど不可能だ。
虎視眈々と父を排除できるタイミングを伺い、時期が来たと思えば素早く動いた。
断言してもいい。次の動きは、身をもって福島家の叛意を収めたということで、主家に頭を下げるのだろう。
主家はそれを赦し、叔父は無事福島家の当主となる。
父? もちろん早々に口を封じられるだろう。確かに父は戦になると強いが、主家に死ねと命じられたらそれに逆らいはしない。
勝千代や福島家の行く末を引き合いに出されたら、何も言わず腹を裂くのではないか。
勝千代は黙って二木から目を逸らし、晴れ渡った空に目を据えた。
真冬の空気は乾いていて、空には雲一つない。
その見事なほどの晴天を瞬きもせず見ていると、目の奥にじくりと鈍痛が走る。
トンビがぐるぐると旋回しながら飛んでいる。
ピーヒョロロロ
笛のような鳴き声が冷えた空気を貫く。
遠くまで届くあの声は、オスが自らのテリトリーを主張する声だ。
「……二木」
「っはい」
「献策しろ」
糸のように細い目が勝千代を見上げる。
「父上のほうは私がなんとかする」
見下ろした男のすがるような表情に、らしくないと鼻を鳴らす。
「そなたはアレをどうするか考えろ」
「……アレ」
「得意だろう」
福島家の内情について、勝千代はまったくわからない。
親戚関係も、その力量関係も、場合によれば姻戚かもしれないし、親しい友人ということもあるだろう。
その微妙なバランスをこの短時間で把握するのは不可能。
叔父がその中でどういうポジションにあり、どの程度の力を持っているか、どうすればその足元を掬えるか。
要するに、福島家の新しい当主として立てなくなるように、かりそめの結託を空中分解させろという事だ。
涙に潤み、茫洋としていた眼差しに光がともる。
「必ず父は取り戻す。それ前提で良い」
勝千代は、ぐっと二木の肩を掴み、その耳元に口を寄せた。
「……ひっかきまわせ」
トンビが鳴いている。
見上げた空はどこまでも高く、澄んでいる。
先程までは一羽で滑空していた鳥が、いつのまにか二羽に増えている。
鳥でさえ自身のテリトリーを守るために戦うのだ。
勝千代は心を決めた。
流されるまま、他者の思惑のままに踏みつけにされる気はない。
たとえそれが……歴史の流れに逆らうことであっても。




