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冬嵐記  作者: 槐
第四章

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89/308

16-5

 勝千代は立ち止まり、二木をはじめとする男たちの平伏を見下ろした。

 ぎり、と歯ぎしりをしたのは南だ。

 土井も、柄を握り締める手が白い。

 勝千代はそんな二人の間を通り、地面に額を擦りつけている男たちのもとへと歩を進めた。


「二木」

「……はっ」

 二木のひょこりと立った髷を見下ろして、激情を堪える。

 理性ではわかっている。若い二木にはどうすることもできなかった。

 だが、こうなる前に打てる手はあったのではないかと、今さら言っても仕方がない言葉が口をついてこぼれそうになる。

「経緯を」

 二木はわずかに顔を上げ、乾いた土に指先を食い込ませた。

 額に着いた土くれが、ぼたぼたと滴る涙の間に落ちる。

「……っ」

「二木」

 勝千代が再び名前を呼ぶと、二木はがばっと顔を上げた。

 その頬はこけ、目の下には隈。滂沱と流れる涙で濡れる頬には青あざ。

 額からなおもぱらぱらと落ちる土が、茶色い筋になって顔面を汚している。

「泣いている暇などない」

 二木はぐっと奥歯をかみしめ、喉ぼとけを上下させた。

「時間がないのはわかるな?」


 勝千代は小さな歩幅で、男たちまでの距離を詰めた。

 ここまで来て初めて、平伏する男たちのほとんどが見知らぬ面々だという事に気づく。

 父とともに駿府に向かったほかの者たちはどうしたのだろう。

「起こったことを端的に話せ。憶測などはいらない」

「……も、もうしわけ」

「謝罪も必要ない」

 勝千代は汚らしい二木の顔面に顔を寄せ、その細い目の奥を覗き込んだ。

 泣くな。四歳児が泣くのを我慢しているんだぞ。

 必死に涙腺を引き締めている勝千代の視線を浴びて、再び二木の双眸から涙が迸る。

 だから泣くなって‼


 父とともに駿府に到着してからの話は、それほど長くはなかった。

 旅装を解くために屋敷に向かい、登城の許しを得るため使者を出そうとしたところで、兵が御屋形様の御下知状を持って父を捕えに来た。

 二木は、事情がはっきりするまで屋敷にとどまるように、と父にアドバイスしたそうだ。

 だが父は、主君の命令に否やを言わず従った。

 そして……帰ってこなかった。


「せめて事情をと今川館に伺いを立てても、返答もございませぬ。挙句の果てには、あろうことか殿を謀反人と、地下牢に封じたと……っ」

 硬い地面に向かって、こぶしを叩きつける。

 更に深刻なのは、その後だった。

 駿府にある福島家屋敷に叔父の兵庫介助春がやってきて、交渉をしてくると今川館に出向き、父の引責という形で収めようとしたのだ。

 それを不服としたのが福島分家の者たちだ。たちまち兵を集め、叔父を説得した。父を取り返す交渉をすると約束させ、一門の旗印に据えたそうだ。


 はっきり言わせてもらおう……嵌められたな。

 父の引責の件はともかくとして、明らかに分家の動きは叔父に都合が良すぎる。おそらくだが、最初から一部の者を買収していたのだと思う。

 それでないと、迅速に軍備を揃えるなど不可能だ。

 虎視眈々と父を排除できるタイミングを伺い、時期が来たと思えば素早く動いた。

 断言してもいい。次の動きは、身をもって福島家の叛意を収めたということで、主家に頭を下げるのだろう。

 主家はそれを赦し、叔父は無事福島家の当主となる。

 父? もちろん早々に口を封じられるだろう。確かに父は戦になると強いが、主家に死ねと命じられたらそれに逆らいはしない。

 勝千代や福島家の行く末を引き合いに出されたら、何も言わず腹を裂くのではないか。


 勝千代は黙って二木から目を逸らし、晴れ渡った空に目を据えた。

 真冬の空気は乾いていて、空には雲一つない。

 その見事なほどの晴天を瞬きもせず見ていると、目の奥にじくりと鈍痛が走る。

 トンビがぐるぐると旋回しながら飛んでいる。

 ピーヒョロロロ

 笛のような鳴き声が冷えた空気を貫く。

 遠くまで届くあの声は、オスが自らのテリトリーを主張する声だ。


「……二木」

「っはい」

「献策しろ」

 糸のように細い目が勝千代を見上げる。

「父上のほうは私がなんとかする」

 見下ろした男のすがるような表情に、らしくないと鼻を鳴らす。

「そなたはアレをどうするか考えろ」

「……アレ」

「得意だろう」

 福島家の内情について、勝千代はまったくわからない。

 親戚関係も、その力量関係も、場合によれば姻戚かもしれないし、親しい友人ということもあるだろう。

 その微妙なバランスをこの短時間で把握するのは不可能。

 叔父がその中でどういうポジションにあり、どの程度の力を持っているか、どうすればその足元を掬えるか。

 要するに、福島家の新しい当主として立てなくなるように、かりそめの結託を空中分解させろという事だ。

 涙に潤み、茫洋としていた眼差しに光がともる。

「必ず父は取り戻す。それ前提で良い」

 勝千代は、ぐっと二木の肩を掴み、その耳元に口を寄せた。

「……ひっかきまわせ」


 トンビが鳴いている。

 見上げた空はどこまでも高く、澄んでいる。

 先程までは一羽で滑空していた鳥が、いつのまにか二羽に増えている。

 鳥でさえ自身のテリトリーを守るために戦うのだ。

 勝千代は心を決めた。

 流されるまま、他者の思惑のままに踏みつけにされる気はない。

 たとえそれが……歴史の流れに逆らうことであっても。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
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2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
[良い点] ありがとうございます。 [一言] 北条五色備えが四色になるかもしれないww
[良い点] 朝が待ちきれず、0時になるとすぐ読んで、もう一度読み直して、頭がすっかり冴えてしまい寝不足になるという恐ろしい習慣が出来てしまいました… これからの勝千代くんの闘いにますます寝不足になりそ…
[一言] 毎朝の楽しみです いつもありがとうございます。 月並みなコメントですみません。
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