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冬嵐記  作者: 槐
第四章

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16-2

「さあ、気づかれる前に町に戻りましょう。逆側の木戸から町を出て……」

 興津の丸顔をただ見つめ返した。

 ここに居ては危険だと、彼はそう思っているのだ。

 朝比奈は御台さま(嫡男)の派閥。

 福島はご側室(三男)の派閥だ。

 そして、亡くなったはずの次男がここにいる……

 興津でなくとも、ものすごく壮大な陰謀があると考えてしまうのもおかしくない。


 すぐに引き返して、しっかりと木戸を閉めるよう命じる。

 同じよう町を出ようとしていた旅人たちも、この町の住人達も、何事かというふうに不安そうな顔をしている。

 勝千代は、乗ったばかりの馬を下りた。

 このまま逆方向から町を出るにしても、退路を決めずに進むわけにはいかない。


「お勝さま!」

 遠くから、よく通る声で名前を呼ばれた。

 駆け寄ってくる人影を、興津がさっと遮ったのが印象的だった。

 遮られる寸前、駆け寄ってくる者が腰の刀に手を当てるのが見てとれた。

 興津はそれに反応したのだろうし、彼の配下の者たちもみな、すぐに刀を抜けるよう身構えている。

「おのれ! お勝さまをどこへ連れていく!!」

 まるで真横で叫ばれているかのような声量……土井だ。


 土井達には、町人を装う勝千代たちが、武士に捕らえられているように見えたのだろう。

 しかし、興津達からみると、急に刀を抜き襲い掛かってきた狼藉ものだ。

 興津は、勝千代の名前を叫ぶ彼らに反撃するのをためらったようだが、土井達はちがう。

 いち早く駆けつけてきた土井が、両手で刀を握って振り上げている。

「土井!」

 とっさに鋭くそう声を上げていた。

 ギュンと鋼が滑る音がする。興津が、土井の攻撃を真正面から受けず、いなしたのだ。

「やめよ」

 数日ぶりに見る土井の顔には無精ひげ。

 勝千代たちのように宿に泊まったわけではなく、山中で幾日も過ごしたからだろう。

 だが、怪我はなさそうなので安心した。

 風魔の追っ手を半数でも引き受けてくれたのなら、その分危険も多かっただろう。

 土井の後から駆けてくる面々も、見たところ無事そうだ。

「急ぎ話しておくことがある。宿の方へ……」

 ほっとしすぎていて、気を抜いてしまった。

 普段通りの口調で土井にそう指示を出していて、周囲がぽかんと口を開けているのに気づいた。

 しまったと口を閉ざしたが、すでに遅し。

 ……すまん、兄よ。女装癖のある若君だと噂が流れるかもしれないが、勘弁してほしい。


 興津が「ごほん」とわざとらしい咳ばらいをする。

 勝千代はさっとその身体の影に入って、周囲の視線を遮ろうとした。

 もちろん簡単にはいかず、特に興津の配下の者たちのあっけにとられた表情が胸に刺さる。

「ゆっくりしている暇は御座いませんぞ」

 そうだった。

 段蔵たちにさっと目配せをしてから、出てきたばかりの宿に向かって歩き始める。

 到着したばかりの土井達には悪いが、すぐに動いてもらわなくてはならない。



「えっ」

 宿に到着した直後、興津がいったん下がったタイミングで、土井たちに状況を説明した。

 皆心底驚いた顔をしていて、寝耳に水だったという事が分かる。

「指揮をとっているのは誰だと思う?」

 父ではないという確信があった。

 軍を動かすには時間がかかる。あれだけの数を整えるには、ずっと前からその予兆があったはずだ。

 だが数日前まで、父と朝比奈殿との間に深刻な不和はなかった。お互いに思う所はあったのかもしれないが、朝比奈領に勝千代を置いていってもいいと判断するぐらいには、信頼していたように見えた。対立する予定があるなら、勝千代をあの町に置いていきはしなかっただろう。

 掛川の城でもそうだ。

 もし福島家と朝比奈家との間で深刻な事情が発生しているなら、大勢が集められたあの広場で、そういう空気を感じていてもおかしくはなかった。 

 厄介な問題はあったが、城代をはじめ大多数は勝千代に悪意を向けてはこなかった。


 皆で難しい顔をしていると、段蔵が奥の方から現れて無言で膝をついた。

 そして差し出されたのは一通の結び文だ。いったん解かれ、丁寧に折りたたまれていた文に、勝千代は素早く目を通す。

 それほど長くもなく、殴り書きに近いその文を読み終えると、ぎゅっと眉間にしわが寄った。


「失礼いたします」

 表で配下の者たちに指示を出していた興津が戻ってきた。

 ここは部屋でもなく、宿の入り口の土間に近い、いうなればエントランスの部分なので、作法的に下座も上座もない。

 にもかかわらず、興津は丁寧に頭を下げてから低い位置に膝をついた。

「少し事情が分かって参りました」

 勝千代は、段蔵から受け取った情報が受け入れがたく、いまだ険しい表情のままだった。

 取り繕う余裕もない。

 興津はその様子を冷静に観察し、ちらりと結び文に目を向けたが、取り立ててそれを指摘することなく言葉を続けた。

「朝比奈の軍は、駿府の守護のために動いたようです。福島殿が謀反の詮議をうけて捕らわれの身となり、それを不服とした御一門衆が兵を挙げたとか……いや、まだ噂に過ぎないのですが」

 勝千代はいったん目を閉じ、呼吸を整えた。

 くしゃりと手の中で文が潰れる。


 もともと不安はあったのだ。

 武力に秀でた父だが、謀略には弱い。岡部を巻き込んでまで命を狙われ、それが上手く行かなかったとわかった敵が、次にどう出るかと気に掛けていた。

 非力な勝千代には、過ぎるほどの敵を。

 父には、もっとも苦手な謀り事を。

 敵は、嫌なところを的確についてくる。


「福島軍の本陣へ向かう」

 しばらくして、勝千代は静かに言った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コメントの説明と今回の話でスッキリしました ありがとうございます そういう事だったのですね [一言] 前に泣いたと言った所はヨネさんが亡くなった時にです 一気読みでしたので、今までの事と主…
[一言] やっぱりそっちのルートで来たか…(父の死因) 後継者争いルートならこの怒涛の策謀の使い手は…やはりあの人かな? 福島勢は後継者争い勝てる要素ないのがツライ
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