表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬嵐記  作者: 槐
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/308

15-6

 嘘をつくことが必ずしも悪い事だとは思わない。

 しかし後々を考えるとかなりリスクがあるし、そもそものメリットもあまりない。

 勝千代はあっさり前者を切り捨て、後者を選んだ。

 ついでに、無邪気な子供のふりも続行したほうがいいだろう。


 下げられていた頭があげられて、まじまじと顔を見つめられて。

 勝千代の兄が想像していた通りの立ち位置にいたのなら、真正面から顔を見ることができる程度には身分のある男なのだと、改めて気を引き締める。

「……お久しぶりでございます」

 第一声でそう言われ、勝千代はあいまいな表情で首を傾けた。

「初めてお会いしますが」

 意図して高めの声で言った。

 四歳児なのでもともとトーンは高かったが、男児とわかる声色だった。それをほんの少し細めに、柔らかさを意識して喋る。

「父のお知り合いでしょうか」

 身体が幼児なので、ほとんどまだ性差はなく、女児の恰好をしようがそう見られようが抵抗はない。


 じっと視線をそらさずにいると、さすがに躊躇するような気配があって、男は勝千代の側に控える大人たちに視線を向けた。

 父を名乗る段蔵も、弥太郎も、あからさまに勝千代より下座に座っている。

 それで今の設定をごり押しするには無理があるが、明言しなければ男が求める答えにはならない。

 勝千代はにこりと「可憐に」微笑んで、それらすべてに無頓着な風を装って首を傾けた。

「先ほどは取り乱したところをお見せしてしまいました」

男児にしては長めの髪が、さらりと頬に掛かる。

「物騒な世の中になったものですね」

 ああ、これではまだちょっと口調が硬いかな。

「わるい人は皆捕まればいいのに」

 意図的に頬に手を当てて、勝千代がイメージする「可愛らしい女童」を装って唇を尖らせてみる。

「……」

 誰も顔の表情を動かさず、微動だにしなかった。

 ……ちょっと間違えたかも。

 頑張った女童風な言動への反応があまりにも薄かったので、誤魔化すように愛想笑いをしておく。


「わたしを殺そうとした方のことは、何かわかりましたか?」

 気を取り直して、何事もなかった態でそう尋ねると、男ははっと我に返った風に目を瞬いた。

「あ、あの男は三年ほど前から馬廻りとしてよく務めておりまして……まさか若君を」

 男はそこで言葉を途切れさせた。声にせずとも、「若君?」と口の中で疑問を呟き、首を傾げている。

「三年も前から? では何か事情があったのかもしれません。やさしそうな方に見えました」

 真面目で取りたてて目立つところのない人間に擬態するのは、おそらくは潜入者として当たり前のスキルだ。

 問題があるとするなら、長い時間と労力をかけて潜入させたその駒を、誰の目にもわかるほど派手に動かした、という事。

 それが勝千代を殺したい黒幕なのか、風魔の上役なのかはわからないが、相手の本気度が透けて見える。


興津おきつさま」

 段蔵が大阪訛りの商人を装った口調で声を発した。

「木戸はいつ頃開くでしょうか」

 興津というらしいその男は、少し考えるように段蔵を見て、「そうですな」とつぶやいて勝千代に視線を戻す。

「……失礼ですが、御供回りの数が少なすぎるようにお見受けします」

 まあ、敵の目を逸らすために分散したからね。

 勝千代があいまいな表情でいると、興津は何か強い決意をしたように頷いた。

「我らも駿府へ戻る途中でございました。よろしければご一緒致しましょう」

「それは」

 勝千代は言い淀んだ。よく知らない相手の中に、また刺客が混じっている可能性もあるからだ。

 興津は重々承知と言いたげに神妙な顔をして、丁寧に頭を下げる。

「我らの同輩がしでかしたことの始末をつけさせて下さい」


 ここで断るのは角が立つ。

 勝千代は「そうですねぇ」と、さも申し訳なさげな表情を作った。

 イエスともノーとも答えないのは、結局のところノーの意志が強いのだが、相手にそれをくみ取る気がなければ意味はない。

 押し切られそうになって、ちらりと見た先は段蔵だ。相変わらずの無表情、その面からは何もうかがえなかったが、断る口実をひとつ思いついた。

「事情があって遅れていますが、うちの者たちはすぐに追いついてきます」

 そんな予定はないが、もう一日ここに滞在することになれば、本当に合流できてしまえそうだ。

「お務めがおありになるのでしょう? ご迷惑をおかけするわけには参りません」

「ですが……」

「そうだ!」

 勝千代はポンと両手を合わせた。

「ひとつご相談したいことがあるのですが」

「おお、なんなりと」

 こういう場合、ずっと固辞していては相手が気を悪くしてしまう。

 違う方向で親しみを見せておくと、後々面倒がなくて良い。

「実は……」

 勝千代は言い淀み、さも困った風に眉を下げた。

「ゆうべの事なのですが」

 ガラの悪い子供に絡まれ、怖い思いをした話をする。

 もちろん弥太郎の所業をばらしたりはしない。その晩に襲撃を受けたと聞けば、勝千代の正体を兄ではないかと考えている興津が、大仰すぎる処置をしかねない。

 しかし絡まれたという話だけでも、興津の丸みの帯びた顔がたちまち険しくしかめられた。


「扇屋ですか」

「ご存じですか?」

「駿河から相模で手広く商いをしている大店の、三笠屋からのれん分けした次男ですよ」

 ずいぶん詳しいな。

「強引な商いで、あまりいい噂を聞かない男です」

 興津は「なるほど、あの男が」と低い声で呟き、何度か首を上下させた。

「お任せください。こちらで対処しておきます」

 きっぱりした口調で「対処」と言われて、少し早まったかな……と感じたのは気のせいだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

i000000 i000000 i000000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ