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冬嵐記  作者: 槐
第四章

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80/308

15-2

 夜が更けて、結局あれは何だったのかと問うと、人心操作の応用だと答えられた。

 あえて目立つことで、別のものに人の目を向けさせる。面白おかしい話題があれば、そちらに人の視線は集中し、誰も真相など知ろうとしないのだそうだ。

 弥太郎はにこやかな表情で、もっともらしくそんな事を言うが……本当か?


 楓がセクハラされかけたのだから、多少はざまあみろと思ってもいいのかもしれない。

 しかし本音を言うと、やりすぎだ。

 相手の子もまだ十代になったばかりの少年なのだ。

 勝千代のそんな心情を察したように、楓は小さくなって頭を下げ、段蔵はそっと視線を逸らす。

「ああいう子供は、手が付けられなくなる前に鼻柱をへし折っておくほうがいいのです」

 弥太郎のにこにこ笑顔がちょっと怖い。


 翌朝、勝千代はけたたましい悲鳴で目が覚めた。

 飛び起きて周囲の状況を確認したのは、これまでの殺伐とした環境の経験からだ。

 しかし、枕元に座っている弥太郎は平然としていて、微塵も動じていない。

「……なに?」

「まだ早いです。もう少し休まれては?」

 むしろ朗らかなほどの笑顔だが、これが曲者だということはわかっている。

 目を眇めてその顔を見返していると、再び女の悲鳴が聞こえてきて、びくりとした。

 ものすごく距離が近い。

 ここは宿屋の二階なのだが、部屋は片方廊下に面していて、もう片方は表に面している。

 悲鳴は、しっかりと雨戸が閉まった方向、通りに面した表の方から聞こえた。


 外を見てみようとしたら、止められた。

「若君のお顔を何者かが覗き見るやもしれません」

 それもそうかと納得しかけて、ちょっと待てよと弥太郎の顔を見る。

「事情を知っているのなら話せ」

 これだけ騒ぎが起こっているのに動じないのは、何か知っているからだと考えたのだが、正解だった。

 ……というよりも、元凶だった。



 夕べ遅く。勝千代が深く寝入ったのちに、ほっかむりをした男たちがこの部屋に侵入しようとしたそうだ。

 何をしたかったのか知らないが、馬鹿な連中だ。現役の忍び集団の真っただ中に侵入して、ただで済むはずがないのに。

 宿屋に侵入してくる前から連中の存在は把握され、部屋の襖に手を掛けた瞬間に捕縛したのだそうだ。

 その結果が、あの悲鳴だった。

「殺してはおりません。裸に剥いて、手足を縛ってぶら下げただけです」

 ぶ、ぶら下げた?

「たまたま、向かいの宿屋の軒先が空いているようでしたので」

 この男、素っ裸の男どもを軒にぶら下げたのか。

 当人は自業自得だが、それを見てしまった女性が気の毒だった。


「どこの者だ? 風魔ではないだろう」

「あのクソガキの……失礼、夕べの坊ちゃんの父親である扇屋の雇われです」

「まっとうな商人ではないのか?」

「商人というのも色々ですから」

 夕べの騒ぎの後、親子は逃げるように別の宿屋に移った。

 やりすぎて申し訳ないという気持ちは、襲撃を受けたと聞き霧散していたが、優秀すぎる忍びたちはそれにもまた速攻でカウンターを決めていたらしい。

「丁度良い目くらましになるでしょう。日の出前に出立します」

 うわぁ、しかもヤリ逃げする気満々だ。


 勝千代はここまで来て初めて、弥太郎がものすごく怒っていることに気づいた。

 楓へのセクハラの件か? 部屋に侵入してよからぬことをしようとしたからか?

 恐る恐る顔色を窺っていると、まったく内心を伺わせない微笑みを浮かべて首を傾げる。

 ……この男の沸点がよくわからない。

「支度を致しましょう。夕刻には駿府に到着する予定ですが、念のためにこちらで」

 指し示されたのは、昨日よりもなお可愛らしい色合いの、女童用の着物だった。



 商人の朝は早い。

 故に、日の出と同時に宿を出ることも珍しくない。

 勝千代は葛篭にもどることなく、女児として荷台の隅っこに腰を下ろしていた。

 隣には楓がぴったりと寄り添い、周囲から顔が見られないように気を配っている。

 この時刻に出立すると、急げば日があるうちに駿府につくことができるので、宿を発つのは商人たちだけではない。

 その中に紛れてしまえば、いくら大店の商隊だとはいえ、大勢の中の一部だった。

 それほどに、駿府へ向かう人の数は多いのだ。


 楓とふたり、荷と荷が高く積み上げられた隙間に座り、せわしなく動き回る荷引きの人足たちの背中を見つめる。

 長時間重い荷台を引く彼らの筋肉は、着物の布越しにも逞しく盛り上がっているのがわかる。

 ちなみにだが、この時代の商隊は人力である。荷を馬に引かせたりはしない。

 重さのあるものは、特に駿河などは海沿いの国なので、船で輸送が基本だが、港から町へは当然だが人の力で運ばれる。その荷を引くのが人足だ。

 要するに、勝千代が乗っている荷台も、ずっと誰かが引っ張っていたのだ。

 重労働である。


 おそらくは全員が段蔵配下の風魔忍びだろうに、人足の真似事をずっとするのはつらいだろう。

 申し訳ない気持ちになりながら見守っていると、そのうちの何人かの動きがひどく不自然だという事に気づいた。

 なんだろう、と目で追っていると、楓がつないでいる手をぎゅっと握ってきた。

 その手が小さく震えている。

 驚いて見上げると、彼女の顔は今にも泣きだしそうに歪んでいた。

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