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冬嵐記  作者: 槐
第四章

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79/308

15-1

 その後丸一日は寝て過ごした。

 どこでかと言うと、商隊の荷台の上の葛篭の中だ。

 竹製なので空気が薄くなることもないし、布を詰めているので保温性もある。

 ガタガタ揺れるので居心地が良いとはお世辞にも言えないが、眠ってしまえばそれも気にならなかった。

 こんな状況でも眠れる自分に驚くし呆れる。

 しかし、横になって揺られていると、いつの間にか意識が深い眠りに落ちていってしまうのだ。

 最初は薬でも盛られたのかと疑ったが、弥太郎の呆れた表情を見るとそうではないらしい。

 肩をゆすられ、また寝ていたのかと目をこすり、勧められるままに水と食事を摂る。

 いそいそと葛篭の中に戻って目をつぶると、いつの間にかまた次の休憩地点に到着しているという、なんとも都合の良い展開。……疲れているのかもしれない。



 だがさすがに二日目ともなると、ずっと眠っていることもできなかった。

 考えることは山ほどあるが、揺られ続けていてはそれもまとまらない。

 追っ手を完全にまいたとは言い切れないので、ひと目に触れるわけにもいかない。

 ここは辛抱のしどころだと耐えていたら、一晩だけ宿場町に泊まることを提案された。

 もしそれが、勝千代のためだけであれば首を横に振っていただろうが、大店の商隊が宿場にもよらず夜を徹して旅をしていては目立つと言われ、それもそうかと納得した。


 とはいえ、勝千代が表に顔を出して歩きまわるわけにはいかない。

 葛篭は部屋に持ち込まれ、ひと目のない状態で外に出ることはできたが、足を延ばせるのはせいぜい部屋内だけだ。

 ……念のために言っておくが、樋箱オマルは使っていない。葛篭の隅の方に用意してもらっていたが、ずっと寝ていたので出番はなかった。

 だがしかし、食べるものを食べ、リラックスした状態でゆっくりしていると、もよおすモノもあるわけで……この頃になると、勝千代の樋箱嫌いは察していたらしく、ひと目を避けて厠に連れて行ってもらえた。

 

 問題は、その帰りに起きた。

 日向屋の看板を掲げているので下手な宿に泊まるわけにいかず、中程度の宿屋の一番いい部屋を借りたのだが、あとから来てその部屋に泊まりたいと言ってくる商人がいた。

 もう少し早ければ譲ったのだろうが、勝千代が葛篭から出て厠に向かった後の事であり、しかも夜も更けはじめた刻限だった。

 もちろん日向屋の番頭役をしている段蔵は拒絶した。

 しかし相手は商家の主人本人、段蔵はただの雇われ番頭。堺商人に対するコンプレックスでもあったのか、やたらと突っかかってくる。


「あーあ、うちのオヤジ怒らせたら怖いのに」

 部屋で揉めているので、戻るに戻れずにいると、背後から子供に声を掛けられた。

 つないでいた楓の手に、力がこもる。

「お前らの親だろう? あの番頭。さっさと頭下げたほうがいいのにな」

 勝千代はさっと楓の背中にしがみつき、顔を隠した。

 幸いにも騒ぎが大きくなってきたので、誰もこちらには注目しておらず、勝千代と楓を見ているのはその子供だけだった。

 そばかすが多く、日焼けして浅黒い肌の少年だ。楓より少し年上だろう。

 少年はじろじろと楓を見て、「ふうん」と非常にイラっとくる目つきをして鼻を鳴らし、次に隠れている勝千代の顔を見ようとした。

 更に顔を背けると、案の定、悪ガキはひとが嫌がる事を率先してやろうとする。

「ちょっと顔みせなよ。可愛かったら小遣いやるからさ」

 どこの遊び人だ。


 最初の印象通り、親から甘やかされた、自分が世界の中心だと信じて疑わない世間知らずな子供だった。

 それだけなら無視しておけばいいのだが、勝千代の容貌を暴こうと薄桃色の小袖を強引に引いた。

 ああ、うん。そこで突っ込みを入れてくれてもいいよ。

 勝千代は今、可愛らしい女童の恰好をしているのだ。

 楓は、強引な手が勝千代に触れたことに気づき、カッと頭に血を昇らせた。

「お前のような悪たれ、お呼びやないわ!」

 おお、見事な大阪訛り。

「顔は泥団子、頭もレンコンみたいにすっからかん、とっととどっか行き!」

 ……いや、楓さん。ちょっとそれは言い過ぎでは。


 案の定、少年は激高した。

 軽い気持ちで勝千代の顔を見ようとしただけなのに、ひどくプライドに触る罵倒をうけたのだ。こういう場合、子供がとる行動にそれほどバリエーションはない。

 顔を赤黒く染めながら、楓を思いっきり突飛ばそうとした。

 だが残念。忍びの訓練を受けた楓には、触れることすらできなかった。

 少年は勢いよく廊下に転び、それに慌てたのは彼のお付きの若い手代達だ。

「何をする! 乱暴者!!」

「なんやて?! 最初にうちの妹にきったない手で触ろうとしたのそっちやないの!」

 まずいよ、楓さん。人が集まって来たよ。


「どないした」

 段蔵の声がした。

 勝千代はほっとしたが、周囲に顔を見せたくなかったので、楓の背中にくっついたままだ。

「お父ちゃん!」

 どういうキャラ設定なのか、楓は甲高い声でそう言って、急にぐわっと大声を張って泣き始めた。

「その子がうちらに小遣いやるから顔見せろって! 嫌やいうたら突き飛ばしてくるし‼」

「……なんやと」

「伯父さまに言うたって! どこでも商売できんようにしたって! こんなやからみたいな子、うち嫌いや!」

 楓はぐっと勝千代を抱きしめ、わんわんと更に号泣する。

「ごめんなぁ、怖い思いさせてもうたなぁ、お姉ちゃんがよそみしとったせいで、べたべた触らせてもうてごめんなぁ」

 ……ちょっと待とうか。どこから突っ込んだらいいかわからない。

 周囲は楓とその幼い妹に対して同情的で、逆に少年へは非難の目を向けている。

「なっ、違う! 俺はそんな事してないっ」

「嘘言わんといて! 銭ちらつかせて無理やり腕引っ張って……っ」

「い、いや、腕は引いたけど」

 少年少年、そこは同意してはいけないところだ。

 思わずそうアドバイスしたくなるほど、あっという間に彼の立場は悪くなった。

 楓はますます号泣し、腕を掴まれただけなのに、いつの間にかべたべた触りまくられた事になってしまっている。

 こうやって冤罪は作られていくのか……

 勝千代は冷や汗とともに、学ばなくていいようなことをひとつ学習した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 痴漢冤罪、ダメ、絶対w
[良い点] 女スパイ怖ぇ………
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