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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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78/308

14-5

「ゆくか」

 寒月が腕組みをしながら言う。相変わらず太い声、ぶっきらぼうな物言いだ。

「はい。大変お世話になりました。できるなら今しばらく、残りの者たちへのご慈悲を願います」

「………ああ」

 東雲が扇子で口元を隠して笑い、寒月はますます憮然とした表情になる。

「そんな愛想のない物言いせんでもよろしいのに」

「逆にそなたはいつまでおるつもりや」

「まあおいおい」


 別れの挨拶は深夜だった。

 目立たないように出立するにはこの時刻しかない、というのが段蔵の判断だ。

 忍び相手ならむしろ夜の方が分が悪い気がするが、それは勝千代の勝手なイメージで、明るい照明のないこの時代、やはり夜の闇に紛れるのが最も安全という事だった。

「掛川の方は任せなさい」

「はい。朝比奈様には私の方からも話を通しておきます」

 短い滞在だったが、本当に世話になった。

 迷惑ばかりかけてしまったから、そのうちまた埋め合わせをしなければ。


 この時代には電話もメールもLINEもない。

 「そのうち」とか「また」という言葉は、令和の時代のように簡単なものではなく、もしかすると二度とお会いすることはないのかもしれない。

 複雑な思いで白髪の貴人を見上げると、寒月は大きな手で勝千代の頭を撫でてから、じっと見ていなければわからない程度に目を細めた。

「うちのに囮をさせておく。そなたはまっすぐ駿府へ向こうたらええ。……無事に着いたら知らせるんやぞ」

「……はい」

 勝千代はその場で深く頭を下げた。

 

 勝千代は例によって例のごとく、頭のてっぺんから足の先まで黒い布で包まれた。

 運ぶのは弥太郎……もはや勝千代の専用キャリーだ。

 軽い浮遊感の後に、地面に柔らかく着地したのがわかった。

 屋敷を出たのだ。

 暗闇の中目を閉じて、耳を澄ます。

 風の音が強く、それ以外はほとんど聞こえない。

 ごくたまに弥太郎が地面を蹴る音や、木々がざわめく音がする。

 勝千代を殺そうとしている風魔忍びたちは、追ってくるだろうか。


 じっと揺れに耐えながら、別れたばかりの白髪の貴人の事を考える。

 段蔵調べによると、一条家の方だそうだ。隠居隠居と言っているが、今上帝の慰留により、いまだ現職の権大納言の地位に留め置かれているという。

 もう一度言おう。現職の、権大納言だ。


 正直なところ、それがどれ程の身分なのか理解できていない。しかし、他ならぬ御台さまの御父上よりも階位が高いのだと聞けば、なるほど、と納得してしまった。

 父が少ない手勢のみを残してここを発った理由が、ようやく腑に落ちた。

 あの屋敷はおそらく、見た目以上に厳重に警備されていたのだ。


 陪臣の子に過ぎない勝千代など、本来であれば直接顔を見ることも許されない立場だろう。

 それなのに、ずいぶんよくしてもらった。

 最後に頭を撫でていった手のひらの大きさを思い出し、さてあの方はどんな手で文を書くのだろうと想像してみる。

 言われたように、便りを出しても失礼ではないだろうか。

「……少数ですが、つけられています」

 布越しに聞こえた弥太郎の声に、現実に引き戻され、ため息を堪える。

 やはり簡単には行かせてくれそうにない。


 一時間ほど移動してから、計画通り二手に別れる。

 片方は忍びのみ。もう片方は武士のみ。

 雇われの忍びに幼い若君を任せるとは思わないだろう、というのが段蔵の意見で、納得しがたいものがあるものの、勝千代もその動きに同意した。

 

 土井達とは別れの挨拶もしなかった。

 ある程度離れてから勝千代にみせかけた包みを放り出す予定だが、そこまで引き付けてくれたらだいぶん楽になる。

 合流するのは駿府だ。

 誰一人欠けることなく再会できると信じている。


 視界は利かないが、移動速度が格段に速くなったのがわかった。

 これまでは土井達の速度に合わせて進んでいたのだろう。それが一気にスピードアップして、追っ手を振り切る勢いで先を急ぐ。

 勝千代は、極力身体から力を抜き、酔わないようにぎゅっと目を閉じていた。

 そろそろ慣れてもよさそうなのに、一向に楽にはならない。

 誰か、三半規管を鍛える方法を知っているなら教えてほしい。


「若君」

 弥太郎に呼ばれて、パチリと目をあけた。

 そして自身の図太さに唖然とした。

 いつの間にか寝ていたらしい。あり得ない。

「取りあえず今は追ってくる者はおりません」

「……そうか」

 追っ手を撒けたと言う安堵よりも、あまりにも緊張感の薄い自分にがっかりした。

 きょろりと周囲を見回してみると、そこは古い廃寺のようだった。

「どれぐらい進んだ?」

「今日の行程予定の半分ほどです」

 外がうっすらと明るいのが、隙間の多い壁越しに伝わってくる。

 あの町から駿府まで丸々歩き続けて三日掛かると聞いた。真夜中に出発してまだ数時間だろうに、もうそれだけ距離を稼いだのか。

「今から商隊を装います」

 夜が明けてからも忍び装束では目立つので、日向屋の名前を借りて彼の屋号の商隊を装う予定でいた。武装した護衛を連れているのが当たり前なので、都合もいいのだ。

 握り飯と竹筒の水筒を差し出され、食欲はまったくなかったが、黙って受け取った。

 三日かからずとも、数日間は移動が続くだろう。

 体力を保つためにも、エネルギー源の補給は必須だった。

 せめて駿府に入るときには、意識を保ったままでいなくては。

 ……我ながら目標値が低いなと思うが、その程度でも達成が怪しいのが今の勝千代なのだ。

更新直前で問題に気づき、急遽差し替えました。

遅くなりました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 権大納言、かなりの大ものだった。 一条家の人間ということを考えると結構微妙なのかもしれない。 当主であれば摂関家として当時は結構若い段階で大臣、関白となっているので一族ということになるがその…
[一言] お疲れ様! いつも0時更新ありがとう! ただ、毎日、投稿してるから大変やろう?無理せんでな〜どんだけ時間掛かってもええし完結してくれたらええからな!
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