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己の浅ましさというか、狡猾さというか……ちょっとアレだな、と感じる部分からは速攻目を逸らした。誰にだって正視したくない部分はある。
勝千代は少し考えて、両手を床について沙汰を待っている段蔵に、別方向の質問をしてみることにした。
「……向こうの詳しい事はわかっているのか?」
同じ風魔の、奇しくも(でもないようだが)敵対することになってしまった忍びたちの事について、一応聞いておく。
「首をお望みでしたらすぐにでも」
「そうなるのも互いに承知ということか」
黙って頭を低くした段蔵から、少し視線を逸らす。
同族同士殺しあう事も珍しくないなど、正気の沙汰とは思えないが、そうやってこの戦国の世を生き残ってきたのだとすれば、たいして事情も知らぬ者が口を挟む筋合いでもないのだろう。
「数は?」
「予想ですが、動いているのは総勢で五十名ほどかと」
そんなにいるのか。
勝千代は思いのほか深刻な状況を察し、ますます眉間の皺を深くした。
「……その数の忍びを雇うのにはどれぐらいの掛かりがいる?」
「それは、我ら以外をご所望ということでしょうか」
「いやいや、そうではなくて」
段蔵に視線を戻してから、再び思案した。
動員されている忍びたちの数とその働きを考えると、相当な銭が必要に思える。サンカ衆と約定をかわすのとでは桁違いだろう。
そう考えると、勝千代を執拗に狙ってくる相手が絞り込めるのだ。
真っ先に想像していたように、父の側室である桂殿にはおそらく無理だ。叔父でも微妙なところだと思う。
古来日本には、嫡男が親のすべてを受け継ぐ文化があって、それ以外は自身で身を立てなければならない。
兄弟仲良くとも、明確に上下の区別がされ、受け継ぐ資産なども嫡男が総取りだ。
他家に養子に行くか、自身で分家を立てるのでない限り、生涯嫡男に養われて生きてくことになる。
つまり、男子を産んでいても継室になれない桂殿や、いまだに兄の城代を務める叔父では、忍びを集団で雇い入れるそもそもの種銭を持っていないと思うのだ。
「どうやって忍びを雇う銭を用立てたのか知りたい」
万が一それでも桂殿や福島家内部の人間が浮上してきたら、横領して用意できるような金額でもなさそうだし、他所からの資金提供をうけた可能性が高くなってくる。
要するに、刺客を送ってきたのが福島家の人間であろうがなかろうが、確実に外部からの介入があるという事だ。
……面倒なことになってきた。
その日の夕刻、思うところがあって、日向屋に会いに行くことにした。
奥方と滞在している離れに向かう途中で、膳を持った楓と行き会った。
少し離れた位置からそれに気づいた楓が、根っからの女中のように廊下の隅により、膳を脇に置いて膝をつく。
近づいて目で頷きかけてすれ違おうとして、椀の中身がほとんど減っていないことに気づいた。
志乃の食欲はまだ戻らないらしい。
足を止めず通り過ぎ、更に歩きながら、岡部姉妹が勝千代を守るために身を挺そうとしたことを思い出した。
志乃は毅然と。奈津は青ざめながらも両手を広げて。
それは、幼い子供への庇護欲だったのかもしれないし、亡き若君(兄)への何がしかの思いからかもしれない。
ただ、中身はそれなりに人生経験を踏んできた男としては、か弱い女子供にすら守られている事に忸怩たる思いがした。
今もそうだ。それほど長くもない廊下なのに、たどり着くまでどれだけ時間をかける気だ。
もどかしい思いを、ため息と同時に飲み込んだ。
早く大きくなりたい。
立派な男になって、周囲の者たちに守られるのではなく、守ることができるようになりたい。
先ぶれを出しておいたので、日向屋は上座をあけて待っていた。
勝千代が「邪魔をする」と言って足を踏み入れる前から、日向屋は白いものの混じった頭が床に着くまで低くしていた。
非力なお子様に頭なんぞ下げずともよいのに……そんなことを考えながらも、口にはしない。それが、この時代の常識だからだ。
「御内儀の具合はいかがだろうか。弥太郎は日にち薬だと言うが、楽ではないだろう」
抗生物質のない時代だ。傷口が化膿してしまい、容体が急変する可能性はゼロではないと思う。
「お気遣い頂きまして……」
「日向屋」
定型の応対をしようとした堺商人に、勝千代はなだめる様に語り掛けた。
「傷も痛むのに熱も高いのはつらいものだ。……日にち薬というよりも、体力勝負のところがあるから、食欲が無かろうが精がつくものを含ませるが良い」
日向屋の奥さんは背中から袈裟切りにされたのだという。勝千代がこれまでに負った怪我よりずっと重篤だが、つらさは多少なりと理解できる。
「……はい」
前に着いた男の両指に、力がこもるのが分かった。
しばらくは何かに耐えるように背中が震えていたが、見守るうちにそれも収まってくる。
「日向屋、そう頭を下げ続けられては頼み事もできぬ」
勝千代はわざと明るい子供らしい口調で言った。
日向屋が一呼吸してから顔を上げるのを待ち、にこりと邪気のない笑みを浮かべた。
「私は明日にも駿府へ立つ。ここで療養している武家の娘たちのことを、そなたに頼みたいのだ」




