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冬嵐記  作者: 槐
第三章
76/292

14-3

 不意に、後ろからグイと腕を引かれた。

 重心がずれ倒れそうになったところを、しっかりと支えられる。

 目の前に白いものがあって、それが東雲の扇子だということにはしばらく気づけなかった。

 カラン、と音を立てて足元に落ちたのは、ペグに似た形状の細長い金物だ。

 ペグを知らない? テントを地面に固定するための杭の事だ。

 もちろんこの時代だからプラスチックではなく金属製で、先端は鋭く研ぎ澄まされている。しかも、何やら緑色の粘度のあるものが塗りたくられていた。


 何が起こっているか理解しきれていないうちに、灰色の狩衣集団が肉壁となって視界を塞いだ。勝千代を小荷物のようにひょいと抱え上げたのは、そのうちの一人だ。

 公家の二人は素早く外廊下から室内に避難した。

 ものすごく手慣れた動きだった。

「……泳がせよ」

 たいして驚いた様子もなく、淡々と指示を出す寒月の表情は「怖い」。

 屋外の一方をじろりと睨む様は、まるで得物を見据えた猛禽のようだった。


 そっと床に降ろされて、ようやく冷静に頭が回り始めた。

 勝千代が周囲を観察していると、喧騒が徐々に伝播していくのが分かった。

 客が襲われたという事が伝わったのだろう、城中が一気に慌ただしくなる。

 東雲が苛立ったように手のひらを扇子で叩いた。

「……今度はどこの誰さんや」

 たぶんまたあの公家兄弟つながりだと思う。

 冷静にそんな事を考えていると、ポンと大きな手が頭に乗った。

「難儀な子やな」

 見上げると、寒月が本音かどうかわからない表情でそう言って、くしゃっと髪を撫でまわした。

 東雲は先ほどの一幕でご正室たちをやり込めたと思っているのかもしれないが、寒月の意見は違うらしい。

 妙に真剣な表情で勝千代の頭を撫でながら、「ふむ」と何かを考えるように顎に手を当てた。



 屋敷に戻ると、段蔵が待っていた。

 実際は姿を現さなかっただけで、勝千代に同行していたのだと思う。

 何故なら、彼が懐から取り出した手ぬぐいには、例のあの、二十センチ足らずのペグのような形状の投擲武器が挟まれていたからだ。

「致死性の強い毒です」

 軽いあいさつの後に続く言葉は硬い。

「形状に覚えがあります」

 勝千代は、常にない段蔵の様子に目を瞬き、小首を傾げた。

 そして次に段蔵が取り出したのは、手ぬぐいに挟まれている物とよく似た形の武器だった。

 男性の指の太さほどの形状といい、根元に指を入れるのだろう丸い穴が開いているところといい、よく似ていると言うより多少の差異しかない。

「風魔忍びのものです」

 風魔!

 正直に言おう。わくわくした。

 ここまで来てようやく、聞き覚えのある名称が出てきたのだ。

 勝千代のそんなキラキラした視線に、段蔵は若干怯んだように見えた。


「段蔵も風魔忍びなの?」

 聞いても良いものかわからなかったが、質問してみる。

 段蔵がここまでつまびらかにするのだから、少しぐらいはかまわないだろう。不都合があるなら答えないだろうし。

「……はい」

 若干ためらう気配はしたものの、段蔵は実直な口調で答えた。

「私を狙ったのも風魔?」

「はい」

 だとすれば、身内同士で争うことになる。それはかなり厄介かもしれない。

「御心配には及びません。我ら雇われには良くあることです。お互いに死力を尽くし、手控えは致しません」

「いや、それはそれでどうなの」


 そういえば、楓が「組頭」とか「頭領」とか言っていた。

 段蔵が風魔忍びの中でどのようなポジションにいるのかはわからないが、少なくない人数を率いる者であることは確か。

 同様に、あちらにも似た数の同族がいておかしくはない。

 同じ一族が、敵味方に別れて戦うなど、下手をするとただの消耗戦になる。


「……若君のご信頼を損なうような真似は致しません」

 黙っていると、段蔵は更にそう言葉を続けた。

 そんな事などまったく考えていなかった勝千代は、ぱちぱちと瞬きをして真正面に座る男を見上げる。

 そこでようやく、段蔵がこちらに証を立てようとしているのだと察した。

 いつにも増して目つきが怖い。


「そんな心配はしていない。ただ……やりにくかろう」

 知り合いや、もしかすると血縁者もいるかもしれないのだ。

 段蔵は重々しい表情のまま首を左右に振った。

「いいえ。よくあることですので」

「よくある?」

「我らは雇われです。一族を食わせていくために、方々の国で仕事をします。敵対勢力に雇われることも珍しくありません」

「いや、そのあたりは話し合ったほうがいいんじゃ……」

 勝千代は言いかけた言葉をそこで止めた。

 仕事を選ぶ、という意識は、おそらく彼らにはないのだ。

 そして、こういうことが雇い主に露見した場合、簡単に切り捨てられてきたのだろう。

 確かに、強い信頼がなければ、暗殺技術に優れた連中を身近に置いておくことなど怖くてできない。


 勝千代は少し考えて、いつにも増してまっすぐな段蔵の目を見返した。

 うちの事は心配していないが、勝千代を狙ってきたあの忍びのほうはどうだろう。彼らの雇い主はこの事に気づくだろうか。気づいた時に、どういう反応を示すだろうか。

 ちょっと思いついてしまったことを、口に出すのは憚られた。

 敵の手足をもぐことは、それほど難しくはなさそうだ……などと、さすがに段蔵には言えなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ありがとうございました。 [気になる点] ペグとはクナイでしょうか。
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