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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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75/308

14-2

 仔細は分からないながらも、彼らが京の御所で何か問題を起こしたのだということは伝わってきた。

 そのことが原因で京を追われ、下向する形でこの土地にやってきたのだと。

 これまでの権威性が頭から否定され、ご正室はなにやら懸命に釈明しているが、俯いている兄弟は口も開かなかった。

 それがなお一層、最上座に座っている寒月という人物への畏れとなる。


「もうええ」

 低い、ドスンとした声が響いた。

 それにビクリと身体を震わせたのは、勝千代もだ。

 しかし、声の主の怒りに真正面から触れた者たちは、そろってざっと両手を床について平伏した。

「この目を節穴や思うな」

「御前さま!」

「このことは駿府の方に伝えとくゆえ、おとなしゅう沙汰を待て」

「そんな! 吾は何もっ」

「まだ言うか」

 きっとこの人は、長い年月こうやって誰かに命令を下して生きてきたのだろう。

 そうはっきりわかるほど、最も上座に座る寒月の威圧感はすごかった。

 服装は地味で、体格がいいわけでも、とりわけ容姿がすぐれているわけでもない。それなのに、この人を軽く見る者などこの世には存在しないだろう。

 どうしてこんな人がここにいるのだろう。

 冷や汗とともにそう感じているのは、勝千代だけではないはずだ。


「あの……よろしいでしょうか」

 息がしづらいほどの沈黙をあえて破った。

 勝千代のその思い切りを、東雲は面白がり、そのほかの面々は信じられない者を見る目付きで見てくる。

「朝比奈さまはどちらに?」

 おそらくは父と同様の理由で駿府へ駆けつけたのだろうと推察できるが、念のために聞いておく。城主不在のまま責任問題を問うても、あとでややこしい事になるだけだ。


 刺客が寒月の屋敷を襲ったのは、彼らにとって大きな失点だ。

 何が悪かったのかと言えば、寒月を何者か知らぬままに、勝千代の肩を持つ邪魔な輩と安易に始末しようとしたことだ。

 それはおそらく、勝千代のような幼子への殺害未遂よりもずっと重大に受けとめられるだろう。

 寒月は「たまたま」この地を隠棲地に選んだ。いや、実際本当にたまたまだったかどうかはさておき、このことは当然朝比奈殿も、もしかすると今川の御屋形様もご存じだろう。

 少しアンテナを広げれば気づけたはずなのだ。

 実際に面識があるのであればなおの事、余人よりも早く察することができたはずなのに、彼女たちは気づかなかった。

 知らないという事は罪だ。

 知らなかったからと、何もかもを無かったことにはできない。

「こちらにいらっしゃらないという事は、ご不在でしょうか」


 向こうも動転していたのだろう。

 ご正室も、その兄弟たちも、城にいたその他の面々も……誰一人として朝比奈殿の不在を告げてこなかった。

 ご正室たちが寒月様の屋敷と知らずに襲撃して墓穴を掘ったように、城主の不在を狙ったなどと後から難癖をつけられてはかなわない。

 朝比奈殿がいないのであれば、掛川の城代は?

 まさかご正室やその兄弟ではないだろう。


「駿府に出仕いたしております」

 広間の端の方からよくとおる声がした。

 そちらを見ると、見覚えのある男が顔を上げてこちらを見ていた。

 如章の寺の前で朝比奈殿と一緒にいた、口ひげのある男だ。

 広間に集められたおおよそ五十数名が冷や汗を流しながら平伏するなか、ひとりだけ毅然と顔を上げているのはものすごく勇気が要っただろう。

「ご城代でしょうか?」

「……はっ、棚田五郎衛門と申します」

 勝千代は若干距離があってもわかる程度に大きく首を上下させた。

「朝比奈さまがお戻りになるまで、こちらの方々の事をくれぐれもよろしく頼みます」

 これ以上余計な動きをしないように見張っていろと言う意味だ。

「武家の内情にあまりお詳しくない方々のようですから、不慣れな仕事をお任せするのはお気の毒というもの」

「……なっ」

「ご城主がお戻りになるまで、あなたが名代です」

 勝千代の言葉を遮ろうとしたのはご正室だ。

 しかし、寒月と東雲の冷ややかな視線を受けて、おびえたように俯いた。

 わかるよ、わかる。絶対零度の視線というやつだろう。あの目で見据えられるのは、勝千代とて御免だ。

 こうしてペラペラと喋ることができるのも、お二人の斜め前に控えるこの位置で、直接視線を受けずに済んでいるからだ。


「はっ、心得ました」

 棚田は数秒の逡巡の後、この時代の武士特有の声の大きさで応えた。

「……棚田っ!!」

 決意を込めて一礼した棚田に向かって、大声を張り上げたのはご正室の兄の方。

「謀反かっ⁉」

「何を言うておる」

 東雲が、あきれ果てた口調で吐き捨てた。

「寒月様に弓を引いた罪を問うておるのだ、言わねばわからぬか」

 罪……と聞いて、ご正室の顔色が真っ赤から真っ青に変わった。

 急にブルブル震え始めたと思えば、おびえたように細い声で懇願する。

「そ、そのような」

「刺客を寒月様のお屋敷に差し向けたであろう?」

「で、ですがそうせねばならぬと聞き」

「誰に?」

 ご正室は大きく息を吸い込んで黙った。

 すがるように周囲の者たちを見回し、誰も助けにならないとわかれば平伏している兄弟たちに厳しい目を向ける。


 そうか、そこか。

 勝千代はニコニコ顔のまま棚田に視線を飛ばした。

「なにやらきな臭い匂いがします。方々に危害が及ばぬよう十分な配慮を」

 要は監視な。

 棚田はこちらの意図をくみ取ってくれたのだろう、深々と頭を下げた。

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福島勝千代一代記
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― 新着の感想 ―
[一言] なんか僧兵がどうのこうのあたりから、面白いよりも面倒になってきてしまった。とりあえず飛ばし読みでここまで来ました。もっとサクサクテンポ良く進むといいかも。
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