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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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74/308

14-1

 いや、息しづらいんだけど。

 勝千代は表面上はニコニコしながら、その場に立ち込める緊迫感に辟易し、ひそかに深呼吸した。

 場所は掛川城の二の丸。大広間。

 高貴なお方に高いところまで登らせるわけにいかないからね。ここも十分豪華で、十分広い。

 勝千代が知っているのは父の居城と岡部殿の居城だが、そのどちらとも違った。きらびやかさも、城の規模も。

 しかし勝千代の中の人は大人だったので、取り澄ましてきょろきょろはしなかった。

 あちこち見て回りたいところだが、観光できたわけではないのだ。


 真っ青になって震えているのは、ひときわ高価そうな狩衣を着ている若い男性二人だ。

 先程からずっと下を向いていて、ピクリとも顔を上げない。

 ぱちり、ぱちり、と退屈そうに扇子を開け閉めしているのは、相変わらず真っ白な上衣に紫色の紋あり袴を着ている東雲。

 しかしそれより更に上座に、苦虫をかみつぶしたような怒りの表情の寒月がいる。

 先程よりはランクアップしているものの、やはり身にまとう色合いは地味だ。年齢とか、隠居している事とかが関係しているのかもしれない。

 勝千代? 例によって例のごとく、一朗太殿のお下がりの直垂だ。念のために色味は抑えたが、そもそも幼い子供の装束は色彩が鮮やかなものが多い。

 季節がどうの、色合いがどうのと聞かれたが、よくわからないのでお任せにした。


 この時代、基本座り方は胡坐あぐらだ。作法はいろいろあるようだが、袴がだぼだぼしているので足の組み方のバリエーションまではわからない。

 東雲も寒月も片膝を立てているので、そういう座り方も作法上問題ないのだろうが、下座に並ぶ者たちはそんなことをしていないので、身分の高い低いによって礼儀上の通例のようなものがあるのだろう。

 ちなみに、楓や段蔵が普段しているような膝を揃えた座り方は、正確には正座ではなく跪坐という。足の裏の一部は床についた状態だ。



 ぱちり、ぱちり、と一定のリズムで開閉していた扇子の音が、不意に止まった。

 かなりの速足で、廊下を歩いてくる足音が聞こえたからだ。

「ご、ご正室、篠山御前がおいでにございます」

 緊張しているな、あの近習。

 まだ若い少年の彼が任されたのは、恐らくほかに引き受け手がなかったかだろう。

 開かれた飾り襖の向こう側に、きらびやかな赤い打掛の女性が座った。

 逆光になっていてよく見えないが、まだ年若いようだ。

 座りざま、ばっと扇子を開いて顔の半分を隠したのが印象的だった。

「おいでなさりませ。ご挨拶が遅うなりまして」

 公家の姫らしい、嫋やかで細い声色だった。


 勝千代はまじまじとご正室の真っ赤な装いを見つめてから、自然に目線を逸らせた。

 今の季節がどうこう以前の問題で、よく言えば花が開いたような……実のところは場違い感が半端ない派手な打掛だ。

 第一印象、嫋やかなのは口調だけで、相当に気が強そうな女性に見えた。


 誰も何も喋らなかった。

 仕方がないと言う風に息を吐いて、東雲が寒月に視線を向けてから話し始める。

「……えらいご挨拶してもろうたから、何事か思うてきてみたのやけど」

 パチリ、と扇子を閉ざす。

「久しゅう会わんうちにずいぶん趣味が変わりはったなぁ」

 久しぶり、ということは面識があるのだろう。

 奥方はさっと顔を赤くした。

「……こちらにおいででしたら、お寄り下されたら」

「麿がか? まさか寒月さまに言うてはるんやないやろうな」

「そのような!」

 一見、理不尽な言われように見える。

 か弱い女性に対して、ずいぶん威圧的な物言いだ。

 だがしかし、それを咎める者は誰もいなかった。

 この場で最も権力を持つ朝比奈殿のご正室が、頭も上げられない様子だからだろう。彼女だけではない、その兄弟たちもまた、顔色を悪くして震えている。


「……で、説明してもらおうか? 寒月さまのお屋敷に刺客を差し向けてきたのはあんたさんやろう?」

「とんでもございません!」

 ご正室は強い調子で否定した。

「そもそも御前がおいでやとは存じ上げませんでした。それやのに刺客やなどと物騒な……」

 濡れたような大きな目が、すがるように東雲を、寒月を見つめ、次いでその斜め前に控えている勝千代に据えられた。

「……そこの小童に何を吹き込まれたかは知りませんけれども、吾は」

「小童?」

 東雲は口元を扇子で隠して肩を揺らした。

「福島殿のご嫡男にずいぶんな物言いやなぁ」

「なにをおっしゃいますやら、その子は福島殿の御実子ではありませぬ」

 まあね、孫だしね。

「どこかで拾ってきた、お亡くなりになった駿府の殿の若君に瓜二つの……」

「それこそどこで拾ってきた話?」

 ものすごく自信ありげなご正室の言葉を、東雲はバッサリ遮った。

「他のお家の事をべらべらと、相変わらずはしたない」

 は、はしたない?

 勝千代はぎょっとして東雲の顔を仰ぎ見た。

「御所を下がりはった後に武家に嫁いだとは聞いとったけど、なんも変わらりはらへんなぁ」 

「ひ、ひどうございます! 吾はそのような」

「……そなたらもな」

 東雲はもはや見る価値もない、と言いたげに視線を逸らし、ずっと下を向いたままの狩衣兄弟に顔を向けた。

「御所に居場所がのうなって、中納言さまにあんなにもご迷惑かけて……更にまだこんなことしとるのか」


 まったく話が読めない。

 おそらくこの場にいる者のほとんどが、勝千代と同じ心境のはずだ。

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