13-5
志乃殿と向かい合って座る。
顔立ちはナツよりも一朗太に似ている。
ただ、ものすごく痩せてしまっていて、見ていると不安を感じるほど細かった。
「志乃でございます。この度は妹とともども随分お世話になりましたのに、ご挨拶もいたしませず申し訳ございません」
「福島勝千代です」
一礼してから顔を上げ、こちらを見つめる目は潤んでいた。
居心地が悪くて身じろぐと、はっとしたように瞬きをして涙を散らせる。
「……わたくしのような者が押しかけてしまい」
「志乃殿」
更に謝られそうになり、あえて言葉を遮る。
「騒ぎが起こったようですので、事が収まるまでここにおいでください」
まだ回復していないのに、心配して来てくれたのだろう。
無理をして走ってきたからか、まだ息が整わず、細い肩が上下している。
つらいなら横になってもらってもいいが、嫌がるだろうな。
廊下にひとつ人影が増えていることに気づき、そちらを見ると、楓が目立たない様子で控えていた。岡部殿の城で見たような、女中らしい地味な着物を着ている。
ちらりと見た先の彼女は、顔も上げず両手を床について控えていたが、丁度勝千代が見たタイミングで、何かに気づいたようにはっと腰を浮かせた。
そのあとの出来事は一瞬だった。
飛び込んでくる三人の人影。……いや正確には「部屋に飛び込もうとした」だ。
楓が立ち上がるのと同時に、廊下に控えていた南と土井が開け放たれていた出入り口を身体でふさいだ。
合計三名に遮られる形になったが、襲撃者はひるまない。
一人が切り結んでいる間に、残りの二人がすり抜けようとした。
さすがに危ないかと腰を浮かせた勝千代の視界を、細い身体が遮る。
志乃殿だった。
真っ青な顔のナツも、健気に両手を広げて勝千代を守ろうとしている。
どうしたものかと弥太郎の方をチラ見したが、肝心の彼はいると思っていたところにはいなかった。
「弥太郎!」
反射的にその名前を叫んでいた。
さもなくば、侵入者たちは目も当てられぬ有様で全滅していただろう。
シーンと、妙に静まり返った数秒の後、勝千代は長く息を吐きだした。
弥太郎はどうやってか、勝千代の背後から廊下の方に移動していた。
そして、前にも見たことがある長めの小太刀を引き抜き、侵入者に刺さる寸前のところまで突き付けていた。……いや、あれは少し首に食い込んでいるかもしれない。
「……東雲さまを呼んできて」
ため息交じりに楓に頼むと、彼女はちらりと弥太郎を見上げてから、踏んでいた侵入者から足を退かせた。
「どちらが囮か本命かわからんのやけど、母屋のほうにも刺客が来よってな……怖い思いさせてしもうて、ほんにすまない」
東雲が謝っているのは勝千代ではなく、二人の女性に対してだ。
地方にある公家屋敷にしては使用人が多く、警備も厳重なほうなのだが、勝千代たちが居るぶん隙もできてしまったようだ。
侵入者は、客の分の日用品を運ぶ日向屋の使用人を装っていた。前日と同じ男たちだったが故の油断があったらしい。
「母屋の方もですか? ……家主のお方はご無事でしょうか」
「ああ、あのひとはなぁ」
東雲は苦笑して、ぱちり、と扇子を鳴らした。
「公家にしてはちょっと毛色が違うおひとやから」
毛色が違う? 何だろう。
「まあ、内緒にしとってもなんやから言うけど、隠居するまでえらい尖ったお人でなぁ。何もかも嫌になっていきなり隠居するいうて、こんなところにひっこんでしもうたけど、ほんとうやったら……」
「東雲」
ものすごい低音ヴォイスが東雲の言葉を遮った。
うわぁ、と思ったのは勝千代だけではないようで、志乃は身をこわばらせ、ナツでさえもこぼれそうなほど大きく目を見開いている。
やってきたのは、地味な茶色い狩衣がこれ以上ないほどに合わない、派手派手しい銀髪の男だった。
いや、白髪というにはあまりにも見事に白く、髭も同様に真っ白いのだ。
勝千代の基準的にはまだ壮年期で、顔の張りつやも年齢を感じさせない。
「余計なことは言わんでよろしい」
低く響きの良い声が紡ぐ言葉は、京都訛りとはまた少し違って聞こえた。
勝千代が首を傾けると、その妙に眼力のある目がこちらを向いた。
見据えられて、はっと我に返る。
「ご挨拶が遅くなりました。福島勝千代です」
段蔵の姿勢の良さをイメージしながら居住まいを正し、丁寧に礼を取った。
「なんとお呼びすればよろしいでしょうか。東雲さまは教えてくださいませんでした」
「……父御には挨拶してもろうとるからええ」
ずいぶんとぶっきらぼうな喋り方をする方だ。その際立って低い低音とあいまって、とっつきにくさを感じる。
だが心配はしていない。こうやって勝千代だけでなく志乃やナツ、日向屋の夫婦まで受け入れてくれる度量がある人だ。悪い人ではないと思う。
「呼び名ぐらい教えてさしあげたらよろしいのでは?」
東雲の口調は丁寧だが、ずいぶん砕けた雰囲気だった。かなり近しい間柄なのだろう。
家主の方は飄々とした青年を感心するほどの強い目力で睨み、「ふん」と鼻を鳴らす。
「寒月とでも呼べばよい」
「随分寒々しいお名やねぇ」
「東雲」
どうしても名乗りたくない相手に、無理やり名乗らせるつもりはない。とりあえず呼べる名前があればいいのだ。
「寒月さま」
勝千代は、更にまだ口争いしそうな二人にむかって、にこりと晴れやかな笑みを浮かべた。これぞ必殺「無邪気なお子様スマイル」だ。
「ずっと礼を申し上げたかったのです。……やっとお会いできました」
そう、勝千代は家主殿が向こうから声を掛けてくれるのを待っていた。
何故なら……
「ご一緒に掛川のお城に行ってくださいませんでしょうか」
屋敷を襲われ、その事を黙って飲み込むような人ではないだろう?




