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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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13-4

 その後の数日は平和だった。

 おかげで体調も良くなり、弥太郎の機嫌も回復した。

 ……満面の笑顔で苦い薬湯を勧めてくるのは本当にやめてほしい。


 そうやって日々体力回復に努めつつも、情報取集は怠らなかった。

 今、父の事と並んで気になるのが朝比奈殿だ。

 あそこは典型的なかかあ天下だ。ご正室がそりゃあもう気が強いらしい。……これは下々のうわさだが、笑い話ではない。

 婚儀が結ばれてから、奥方の兄弟たちが執政を握り始め、もともといた朝比奈家の譜代は追いやられる形になっているそうなのだ。

 朝比奈殿は、今川の武将として出陣することが多い。その間の、城主が留守がちにしている裏側で、公家の出の兄弟たちが朝比奈家で権力を握るようになった。

 ご正室は御台さまの姪……つまりその兄弟も近しい親族だ。下手に排除できなかったのだろう。

 

 政略で嫁いできた奥方にしてみれば、正しい行動だ。

 しかし、朝比奈家に古くから仕えている者たちには、たまったものではない。

 問題は、事が表に出そうになる度に出陣が決まり、城主が不在になってしまう事。それが年に数回というスパンで起こり、朝比奈殿だけではなく側近たちも出払ってしまうので、問題が具現化する前にうやむやになってしまうのだ。


「……ふぅん」

 勝千代は、段蔵の報告に上の空で答えた。

 いや、話を聞いていないわけではない。

 目の前で口に入るのを待っている白飯が、思考を明後日の方向にさらっていってしまうのだ。

「よそ様のお家の事に口を挟むのもアレだし」

 かくいう福島家とてきな臭い事になっているのだ。朝比奈家のことをとやかく言う筋合いはない。

「ご本人から事情も聞かず、ひっかきまわすのも……ねぇ」

 くん……と鼻をうごめかす。

 炊きたての米の甘い匂い。一粒一粒の照り立った美しさ。

 箸ですくった一口分を存分に眺め、うっとりと目を細める。

 固形物を普通に出されるようになったのは素直に嬉しい。

 しかも、混ぜ物なしの白い米!

 ゆっくりと口に運び、じっくりと味わう。

 おいしい。


「きゃああああああああっ」

 さあ二口目を食べようか、と目を煌めかせた矢先、勝千代の耳にも聞き取れるほどの大きさで悲鳴が聞こえた。

 ぴくり、と箸先が揺れる。

「……何、今の」

「女の悲鳴のようでしたが……見てまいります」

 そういって廊下に飛び出して行ったのは土井だ。

 勝千代も、じっくり味わっている場合ではなくなったので、食べ損ねる前にと手早く食事を済ませた。


 やがて戻って来た土井は、なにか腑に落ちないような、微妙な表情をしていた。

「どうだった?」

「いえ、鼠がわいたと厨の女中が謝罪してきました」

「鼠?」

 現代では目にした事がなかったが、この時代では普通にどこにでもいる。

 勝千代にとってもそうなのだから、厨房の女中であればもっと頻繁に見る機会があるだろう。そりゃあ、見た瞬間に追い払うのは当たり前だが……あんな悲鳴を上げるほどか?

「失礼いたします」

 首を傾げていると、若干の京訛りの男の声がした。

 灰色の狩衣の男だった。

 以前東雲の側に控えていた、ひわと呼ばれていた男だ。


「主人からの伝言です。鼠が紛れ込んでおりますので、部屋からお出にならないように、とのことです」

「……わかった」

 鼠、鼠ね。

 ちらりと段蔵を見ると、相変わらずのまっすぐの姿勢のまま小さく頭を下げた。

「被害は?」

 用は済んだと一礼して去ろうした鶸に声を掛ける。

 鶸は片膝を浮かせた状態で動きを止め、じっくりと勝千代の顔を見た。

「端の者が不審人物に声を掛け、切り付けられました」

「ほかには?」

「……母屋に火をかけようとしましたが、その前に止めました」

 脳裏によぎったのは、あの下町の長屋だ。同じように火をつけ、何もかも燃やし尽くそうとしたのだろうか。

 ふう……と長く息を吐き出す。


 やがて鶸が去り、振り返ると、すでに段蔵の姿はそこになかった。

 気掛かりそうな土井と、平然と膳の片づけをしている弥太郎がいるだけだ。

 志乃殿たちはどうしているだろう。騒ぎに気づいて、不安がっていないだろうか。

 確かめに行きたいが、我慢した。

 侵入してきた鼠の狙いが、勝千代である可能性が高いからだ。


 もし自分が侵入者で、勝千代の命を狙っているのならどうする?

 出来るだけ守りの薄いところにおびき出そうとするのではないか?

 そのために火をつけた……充分にありうる話だ。

 東雲の言う通り、しばらくはここでじっとしているほうが安全なのだろう。動き回れば鉢合わせする可能性が高まる。しかし……


「若様!」

 パタパタと軽い足音がして、顔を上げるとナツがいた。

 普段は躾が行き届き、決して廊下を走ったりしないのに。

 何かあったのかと尋ねようとして、ナツとしっかり手をつないでいる背の高い女性に気づいた。

 その枯れ枝のように細くやつれた女性は、座ったままの勝千代をみつけて、ほっとしたように息を吐く。


 岡部殿のご長女、志乃殿だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 話的にはめちゃくちゃ面白い でも主人公の立ち位置的に 1武将のお子様にどんだけ狙われるの!? と言う気持ちがあります この時代の事はあまり詳しくないですが これが普通でしょうか…?とて…
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