13-2
足元でぶるぶると震え、顔も上げることができない如章を、冷徹な目で見降ろす。
初めはテンポよく、人買いのルートについて胸糞悪い暴露話をしてくれたが、次第に口が重くなり、具体的に志乃たちを誰から買ったのか……についてはなかなか喋らない。
よほど言いたくないのだろう。
「このままだとどうなるかわかるか?」
勝千代は自身の胴回りよりも太い格子に顔を寄せ、必死で目を逸らそうとする男に追撃の言葉の槍を投げかけた。
「死罪よ死罪。苦しんで死ぬことになる」
忍びの手甲を嵌めた手が、ぐい、と如章の首根っこを掴んで顔を上げさせる。
「火あぶりかな、鋸引きかな」
「……ひいいいいいいっ」
「きっとすごく痛いよね」
「お願いです、どうか、お願いです!」
禿げ頭の中年男に懇願されても楽しくない。
唾を飛ばし、涙を流し、必死になって格子にすがりつく様は、数日前のあの偉そうな態度からは想像もできない無様さだった。
つるっつるの頭には脂汗。
数日剃らずにいてのこの有様では、毛根はもともと死んでいたんだろう。
うわっ、また唾が飛んできた。
長居するのにも耐えがたくなってきて、もうひとつ、聞かなければならない事に取り掛かった。
如章のテカテカした顔と距離を詰め、意図的に声を小さくする。
「福島父子に手を出そうとしただろう?」
扇子で顔の半分を覆っているのは、飛沫防止の役割もあるが、こちらの身元が知られるのを防ぐ目的でもある。
この小さな成りでは誤魔化しがきかない気もしたが、信心深いこの時代の人々に、ちょっと肝を冷やさせる方向でいくと、面白いほど驚かれ、怖がられた。
童形の、白い水干姿。
それは程よく現実離れして、程よくオカルトチックな……要するに、お化けの類に見えるらしい。
「楽しそうだよね、どんな遊びを頼まれたの?」
至近距離で見る如章の目は、瞳孔が開き、眼振もある。
その集中力を欠いたかのような朦朧とした様は、弥太郎の薬ががっつり決まっていることを告げていた。
しばらくして、如章は話し始める。
あきれるほどペラペラと。まるでせき止められていた水が一気に噴き出すかのように。
言いたくないというよりも、言えない状況だったのだろう。
放言した瞬間、命はないものと思えと言われていたらしい。
きっかけがうまく発動したのを確認し、勝千代は唾が飛んでこない距離まで身を引いた。
そもそも如章は、依頼主の詳しい事は知らなかった。彼が直接会ったのはその代理人で、山ほどの小判をもってこの町で騒ぎを起こすよう頼まれたらしい。
その依頼の内容は非常に具体的で、まず勝千代の命を奪い、次いで父に浅手とは言えない手傷を負わせること。
いや無理だろう、と思ったのは勝千代だけではないだろう。
勝千代を失った瞬間、父は暴走するだろうし、そうなったら手傷程度では止まらない。
そもそも、如章が持っていた手勢では、父に傷ひとつつけることはできなかったはずだ。
そのあたりも如章は考えていて、疫病の発生と絡めて、朝比奈殿との対立を深刻化させようとしていた。個として手が出せないなら、軍に囲ませよう、という作戦だ。
堰を切ったように話し続けるその口からは、そのあとも、いくつもの人名が飛び出してきた。勝千代たち親子の件だけではなく、志乃どのやそのほかの子供たちの件、他にも、油座と色街への関与が深いようだった。
「……そろそろお時間です」
胸糞悪い思いを我慢して飲み込んでいた勝千代は、静かに耳元で囁かれ、むしろほっとした。
話を聞き出さなければいけないのはわかっているが、唾を飛ばされることも、その話の内容も、忍耐の限界にチャレンジさせられている気分だった。
「書き留めたな?」
「はい」
「一枚をここに残していけ。もう一枚は後で読む」
まだ延々としゃべり続けている如章に、最後に一瞥を投げかける。
もう二度と、あの禿げ頭を拝みたくなかった。
「さあ、仕上げだ。連れて行ってくれ」
「……気が進みませんが」
「物の怪は華々しく飛び回るものなんだろう?」
「聞いた事がありません」
勝千代は、愛想のない段蔵を見上げ、唇を尖らせた。
最後に、目立つように、この真っ白な水干姿を見せつけるつもりでいた。
人知の及ばない動きをして見せれば、ますますその信憑性は増すだろう。
「……いったい何のために」
段蔵の苦情は黙殺する。そりゃあ、闇に忍ぶのが本分の彼には理解できない事だろう。
ひとつ目の理由は、城に入り込んでいる弥太郎らの脱出から目を逸らせるため。
ふたつ目の理由は、聞き出した内容を書いた紙を、闇に葬らせないため。
三つ目の理由は、裏で敵とつながっている者、あるいは敵そのものの肝を冷やしてやるため。
そして最後の、一番大きな理由は……一連の物怪騒ぎが、福島勝千代とは関係ないと錯覚させるためだった。
「わたしは病弱で寝込んでいる幼子だからね」
夜の闇に、真っ白な水干姿の童子が舞う。
段蔵は廻し手の黒子だ。
月に雲がかかり、闇の色が増した今、思惑通りの絶好の舞台だった。
「……見て、お女中が驚いて尻もちをついているよ」
いつの時代も、女性のほうがこういう話は信じやすい。
白い薄絹をはためかせ、夜の闇をふわりふわりと飛んでいく姿は、この時代の人が信じる物の怪そのものだっただろう。
勝千代はあえて、そのお女中に手を振って見せた。
きゃあああああっ!! と絹を裂くような悲鳴が静寂に響く。
……なんだかものすごく楽しかった。




