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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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66/308

12-3

 翌朝……といってもいいものか。かなり日が高くなってから目が覚めた。

 目をあけて、不意に訪れた寒々しさは、物理的に感じているものだけではない。


 父がいない。

 そのことを思い出すだけで、勝千代の子供の部分が不安だと言う。

 たとえば父が怪我をしたとしても、知らせが来るのは何日も経ってからなのだ。

 すぐに誰とでも連絡が取れる時代を知っているだけに、そのことがひどくもどかしく、恐ろしい。


「起きられましたか? ご気分はいかがでしょうか」

 柔和な顔をした弥太郎が、α波が出ていそうな口調で声を掛けてくる。

「……喉が痛い」

「ああ、ずいぶんお声が()れておられますね」

 薬湯を作るからと、席を立った弥太郎に代わり、部屋に入ってきたのは土井だ。

 この男の他にも数名、勝千代の護衛として残った。

 本当なら子守りをするより父についていきたかっただろうに、彼の表情に不満はない。


「今日は雪が降りそうですよ」

 基本的に、この時代の男どもは声が大きい。

 中でも土井の声は良く通るので、寝起きにはちょっときつい。

 もちろんそんなことは口にはしないが、当の本人もそう思ったらしい。「すいません」と少し口を押え、若干声の調子を落とした。


「寒くなりそうですから、あとで火鉢をお持ちします」

「……すでにもう四つあるけど」

「足りないようなら、宿に戻って借りてきます」

「そこまでしなくてもいいよ」

 部屋には勝千代の寝ていた場所を取り囲むようにして、大きさにばらつきのある火鉢が四つも置かれている。

 そのどれもに五徳が差し込まれ、上には鉄製の鍋やら薬缶やらが湯気を立てている。

 それでも室温が上がらないのは、この時代の家屋の気密性の問題だ。

 もっとも、空気の通りが良すぎるお陰で、一酸化炭素中毒にならずに済んでいるのだろうが。

 

 土井と話をしているうちに、少しだけ気分が良くなってきた。

 助けてもらって上半身を起こし、ほうっと息を吐く。

 いつまでも父の事で気をもんでいても仕方がない。

 こちらはこちらで、できることをするべきだ。


 まずはあの夢路と呼ばれていた女性……実際は岡部殿の行方不明になったご息女の志乃殿だ。

 真正面から会いに行っても警戒されるだろうし……

 あれこれと考えているうちに、ふと思い出した。

 そうだ、ナツだ。

 岡部家では死んだものと思われていたようだし、実際に志乃殿の書簡でもそのように書かれていた。

 どうせ殺すのなら売りはらって金にしようと、下種な事を考えた輩がいたのだろう。

 おそらくは志乃も、同じ理由で捕らわれていたのだと思う。

 如章か? ……いや、もっと駿府にかかわりが深い誰かのような気がする。


「万事はどうしている?」

 霊体状態で会って以来顔を見てないので、聞いてみる。

「ナツという女童をつれているはずだが」

「僧兵どもが宿改めを始めた時、その子供を連れて身を隠すよう二木殿に命じられていました。申し訳ありません、それ以上のことは」

 まさか二木、都合よく厄介払いしたつもりでいるんじゃないだろうな。

「……そうか」

 確か段蔵が、サンカ衆に匿われているとか言っていた。

 勝千代がここにいると伝えれば、何も言わずともナツを連れて来てくれるだろう。


 弥太郎が戻ってきて、勝千代が身体を起こしているのを見て咎めるような顔をした。

「白粥をお持ちしましたよ」

 言われずとも、匂いでわかる。

 ぐう……と腹が鳴った。


 そういえば、東雲に小さいと言われた。

 実際、年齢にしてみればずいぶん小柄だと自分でも思う。

 今の歳まで、ひどい栄養状態で育ってきたからだろうが、父の遺伝子をわずかなりと引いているのなら希望はある。

 思いつくのは万能栄養食の玉子だが……今の時代、卵食の文化はないだろう。下手をすれば仏教的にアウトかもしれない。

 やはり、ジビエか。鹿肉とか猪肉ならまだ手に入りやすい。

 与平の母親が干し肉を作っていたから、段蔵の一族にはそれを食べる文化があるという事だ。万事の所もそうだろう。あとでこっそり聞いてみるとしよう。


 白粥を食べ終え、一滴残らず薬湯を飲み干すよう言われる。

 最近、弥太郎の薬湯が苦いのだ。

 思わず嫌な顔をしてしまったら、成分を強めたと言われた。

 これまでは、普通の薬を飲ませるだけでも、身体に負担がかかりそうだったのだとか。

 最初のころに比べると、少しは良くなってきたという意味だろうか。

 素直に苦い薬湯を飲み干した結果、また臥所に押し込まれた。

 今は眠るのが仕事だそうだ。


 一枚、二枚と掛ける小袖が増やされていくうちに、その重みで身体が拘束されている気がしてくる。

 もはや諦観の念をもってそれを受け入れ、強制的に眠ろうと試みた。

 そんな時。

 不意に、土井が腰を浮かせた。

 弥太郎はまったく我関せずと、更に小袖を重ねていく。

 土井は片膝を立て、太刀の柄に手を掛けている。

 どうしたのかと、聞くべきか迷った。

 いや、実際に問題が起こったのなら、ここまで弥太郎が平然としているわけがない。


「失礼いたす」

 襖の外から声がした。

 聞き覚えのある声。つい昨日聞いたばかりの声だ。

 弥太郎が起きるのをやめさせようと肩を押さえたが、寝ている場合ではない。

「朝比奈又太郎でございます」

 いや、一城の主がなんで取次ぎもなくいきなり来るんだよ!

「お邪魔してもよろしいでしょうか」

 ……駄目だと言ってもいいですか?

 そういう訳にもいかないのはわかっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ナツが岡部の娘とはどこで判明したのでしょうか 人買いに連れられていたナツの服が汚れているが良いものとの記載はありましたが 名のある武家の息女の服でしたら一財産なので脱がして売るだろうか ナツ…
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