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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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63/308

11-5

 下座に行くべきか迷った。

 困って父を見上げるが、微妙に視線を逸らされた。

 その眉間の皺はなに? わざとらしいため息もやめてほしい。


「……なるほど。ご事情をお聞きではないようだ」

 しばらくして、顔を上げた朝比奈殿がまじまじとこちらを見上げてから、納得したように頷いた。

「ではそれがしからは何も申さぬ。……まあ、お座りなされよ」

 上座に?

 こんな空気の中で??


 もう一度父を見上げると、ちらりとこちらを見下ろしてから、どすんと勢いよく胡坐をかいて座った。

 あ、ズルい。微妙に上座にはならない対角線の位置だ。

 いつものように父の側に行こうとしたが、その前に、太い指が勝千代の足元を指し示した。

「……座れ」

 えええ、嫌なんだけど。


 このメンツで一番の上座に座れというのか? 父をすら差し置いて?

 仕方がないので父の真向かい、朝比奈殿の斜め前に当たる位置に歩いていき、そこに座った。

 これで文句はなかろう。上座も下座もなく、車座の状態だ。


「福島勝千代と申します」

 年少者だからね。きちんと両手をついて挨拶する。

「この度は不躾な書をお送りいたしましたことを、お詫び申し上げます」

 父に書簡を出すとき、同時に朝比奈殿へも報告を兼ねた詫び状を書いておいた。

 何事も報告・連絡・相談だ。

 父が一緒にいたはずだから、事情はすぐに伝わるだろうと思ってはいたが、筋を通しておくのが大人というものだ。

「ご丁寧に痛み入る。こちらとしても助かり申した」

 朝比奈殿側も、如章らを捕縛するタイミングを計っていたのだろう。


 それにしてもやりにくい。

 車座とはいえ、朝比奈殿が一番の下座にいる事は変わらない。

 しかもこの丁寧すぎる言葉遣いだ。

 お子様だからね。気にしないでフレンドリーに話しかけてくれていいんだからね。

 そう思いはするが、言葉にはしない。

 何故なら、朝比奈殿がどうしてこういう態度でいるか、おおよそ予測できてしまったからだ。


「実は内密に、話を通しておきたいことがあります」

 その理由を明確にはしたくなかったので、先に話題を振っておくことにした。

 改めて居住まいを正す。

「この寺に捕らわれていた方がおられます」

 勝千代の言わんとしたことが即座に分かったのだろう、朝比奈殿の形の良い眉がぎゅっと寄せられた。

「例の、人買いに売り払われる予定の子供ではなく?」

「ええ。若い女性です」

 勝千代は直垂の合わせの、帯に近い部分から、手ぬぐいに挟まれた例の柘植櫛を取り出した。

 朝比奈殿は、いちいち丁寧に頭を下げてから手ぬぐいを受け取り、中を見下ろして瞠目した。

「事情が事情ですから、お救いしてすぐ別の場所に。ずいぶんとお辛い思いをなさったことと思います」

 三つ目の目的は、迅速な夢路の救出だった。

 楓による無事の合図は確認したので、今頃東雲の宿泊先に行く途中だろう。いや、もう到着しているかもしれない。

「ご面識はおありになりますか?」

「……わたしではなく、奥が」

「朝比奈殿の奥方は、御台さまの姪御だ」

 すかさず入った父のフォローに、今度は勝千代が難しい顔になる。

 それはちょっと拙いかもしれない……そう思ったのが、表情にも出てしまったらしい。

「若い娘の事だ。多くの耳に事情が伝わることは避けるほうがよろしいでしょう」

 即座にこちらの機微を理解するところなど、かなり出来る男だ。


 だがこれで、朝比奈殿が味方かどうか判断することが難しくなってきた。

「できれば女性の仕度にご協力をと思うておりましたが……」

 今は協力体制にあるが、用心に越したことはない。

 こちらの微妙な腰引け具合に気づいた様子で、しかし全く気を悪くした風もなく、朝比奈殿はサラサラの髪を揺らしながら鷹揚に頷いた。

「その程度であれば、お任せあれ。明日の朝にでも一式お届けいたしましょう」

「それはとてもありがたいです」

「ほかにも何かご入用のものがあれば遠慮なく仰ってください。これから我が居城にいらしていただいても構いません」

 如才ない。ものすごく如才ない。

 見習ってほしいものだと思いながら、無神経のきらいがある父に視線を向ける。

 朝比奈殿にじっと目を向けていた父は、勝千代の咳払いにはっとした様子で背筋を伸ばした。

 断ってくれよ。

 もしかしたら敵とつながっているかもしれない男の本拠地だ。


「いや……」

 父は勝千代の目力に押されるように、重々しい表情で首を横に振った。

「勝千代の体調の事を考えれば、すぐにも休ませたい」

 まったく予想もしていない断り方をされた。

 朝比奈殿の視線が再び勝千代に戻ってくる。奥二重の目でじっくりと観察されて、その眉間にしわが寄った。

「これは気づきませず」

 すいませんね、不健康そうな子供で。

 だが助かった。角を立てずに断るのは、父には難しいのではないかと危惧していたのだ。

「このように冷える場所に長居してはお身体に障るのでは」

「お気遣いありがとうございます」

 頭の片隅に、少しばかり、このまま病弱をアピールするのもいいかもしれない……という誘惑がよぎったのは内緒だ。

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