11-5
下座に行くべきか迷った。
困って父を見上げるが、微妙に視線を逸らされた。
その眉間の皺はなに? わざとらしいため息もやめてほしい。
「……なるほど。ご事情をお聞きではないようだ」
しばらくして、顔を上げた朝比奈殿がまじまじとこちらを見上げてから、納得したように頷いた。
「ではそれがしからは何も申さぬ。……まあ、お座りなされよ」
上座に?
こんな空気の中で??
もう一度父を見上げると、ちらりとこちらを見下ろしてから、どすんと勢いよく胡坐をかいて座った。
あ、ズルい。微妙に上座にはならない対角線の位置だ。
いつものように父の側に行こうとしたが、その前に、太い指が勝千代の足元を指し示した。
「……座れ」
えええ、嫌なんだけど。
このメンツで一番の上座に座れというのか? 父をすら差し置いて?
仕方がないので父の真向かい、朝比奈殿の斜め前に当たる位置に歩いていき、そこに座った。
これで文句はなかろう。上座も下座もなく、車座の状態だ。
「福島勝千代と申します」
年少者だからね。きちんと両手をついて挨拶する。
「この度は不躾な書をお送りいたしましたことを、お詫び申し上げます」
父に書簡を出すとき、同時に朝比奈殿へも報告を兼ねた詫び状を書いておいた。
何事も報告・連絡・相談だ。
父が一緒にいたはずだから、事情はすぐに伝わるだろうと思ってはいたが、筋を通しておくのが大人というものだ。
「ご丁寧に痛み入る。こちらとしても助かり申した」
朝比奈殿側も、如章らを捕縛するタイミングを計っていたのだろう。
それにしてもやりにくい。
車座とはいえ、朝比奈殿が一番の下座にいる事は変わらない。
しかもこの丁寧すぎる言葉遣いだ。
お子様だからね。気にしないでフレンドリーに話しかけてくれていいんだからね。
そう思いはするが、言葉にはしない。
何故なら、朝比奈殿がどうしてこういう態度でいるか、おおよそ予測できてしまったからだ。
「実は内密に、話を通しておきたいことがあります」
その理由を明確にはしたくなかったので、先に話題を振っておくことにした。
改めて居住まいを正す。
「この寺に捕らわれていた方がおられます」
勝千代の言わんとしたことが即座に分かったのだろう、朝比奈殿の形の良い眉がぎゅっと寄せられた。
「例の、人買いに売り払われる予定の子供ではなく?」
「ええ。若い女性です」
勝千代は直垂の合わせの、帯に近い部分から、手ぬぐいに挟まれた例の柘植櫛を取り出した。
朝比奈殿は、いちいち丁寧に頭を下げてから手ぬぐいを受け取り、中を見下ろして瞠目した。
「事情が事情ですから、お救いしてすぐ別の場所に。ずいぶんとお辛い思いをなさったことと思います」
三つ目の目的は、迅速な夢路の救出だった。
楓による無事の合図は確認したので、今頃東雲の宿泊先に行く途中だろう。いや、もう到着しているかもしれない。
「ご面識はおありになりますか?」
「……わたしではなく、奥が」
「朝比奈殿の奥方は、御台さまの姪御だ」
すかさず入った父のフォローに、今度は勝千代が難しい顔になる。
それはちょっと拙いかもしれない……そう思ったのが、表情にも出てしまったらしい。
「若い娘の事だ。多くの耳に事情が伝わることは避けるほうがよろしいでしょう」
即座にこちらの機微を理解するところなど、かなり出来る男だ。
だがこれで、朝比奈殿が味方かどうか判断することが難しくなってきた。
「できれば女性の仕度にご協力をと思うておりましたが……」
今は協力体制にあるが、用心に越したことはない。
こちらの微妙な腰引け具合に気づいた様子で、しかし全く気を悪くした風もなく、朝比奈殿はサラサラの髪を揺らしながら鷹揚に頷いた。
「その程度であれば、お任せあれ。明日の朝にでも一式お届けいたしましょう」
「それはとてもありがたいです」
「ほかにも何かご入用のものがあれば遠慮なく仰ってください。これから我が居城にいらしていただいても構いません」
如才ない。ものすごく如才ない。
見習ってほしいものだと思いながら、無神経のきらいがある父に視線を向ける。
朝比奈殿にじっと目を向けていた父は、勝千代の咳払いにはっとした様子で背筋を伸ばした。
断ってくれよ。
もしかしたら敵とつながっているかもしれない男の本拠地だ。
「いや……」
父は勝千代の目力に押されるように、重々しい表情で首を横に振った。
「勝千代の体調の事を考えれば、すぐにも休ませたい」
まったく予想もしていない断り方をされた。
朝比奈殿の視線が再び勝千代に戻ってくる。奥二重の目でじっくりと観察されて、その眉間にしわが寄った。
「これは気づきませず」
すいませんね、不健康そうな子供で。
だが助かった。角を立てずに断るのは、父には難しいのではないかと危惧していたのだ。
「このように冷える場所に長居してはお身体に障るのでは」
「お気遣いありがとうございます」
頭の片隅に、少しばかり、このまま病弱をアピールするのもいいかもしれない……という誘惑がよぎったのは内緒だ。




