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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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62/308

11-4

 名を呼ばれ、振り返った父は、何故か勝千代の頭をぐいぐいと分厚い胸板に押し付け、更には薄桃色の小袖を頭にかぶせようとした。

 とっさのその行動に、思いっきり鼻をぶつけて悶絶する。

 父の胸板は硬いのだ。


「ご子息はご無事か」

 見せてもらえないのでわからないが、口調から察するに父と似たような身分の男性。

 ずいぶん渋いハスキーボイスで、想像するに父より年上の……と思っていたが、全然違った。


 ちらりと盗み見たその男性は、二十代半ばぐらいに見える青年だった。

 背は高いがやせ形で、何といっても特徴的なのが、見事なそのサラサラヘアだ。

 パーマもドライヤーもないのに、櫛を通したばかりのようなその髪質はどうやって維持しているのだろう。

 この時代の人間特有の油脂っぽさがなく、油をべたべたつけた風もなく。

 冷たい夜風にさらさらと靡く様は、いっそ鬘を疑いたくなるほど。

 ……いや、意外と本当にそうなのかもしれん。


 そんなことを考えながらじっと見ていると、目が合った。

 鬘を疑っていると知られるのが気まずくて、顔を逸らす。


「仔細を聞かせてもらいたいが……その前に」

「殿! 奥殿の床下に小判の詰まった箱が!」

 男の配下のものらしき、かなり立派な身なりの武士が、寺の敷地の奥の方から駆け寄ってきた。

 ひいいっ、と如章が悲鳴を上げる。

「……たしか御坊、日々の費えに苦慮しておる故寄付をと、先日書いてよこしたな?」

「こ、これは何かの間違いです。わ、私はまだ代替わりしたばかりなので……そう! 先代の住職がきっと」

 この期に及んで、まだ見苦しい言い訳をする如章の姿に、周囲の僧兵たちは何を思っただろう。

 御仏の名を語る、忌々しい洗脳は解けただろうか。

 

 如章が時折、ちらちらとすがるような視線を向けてくる。

 「助けてやる」と言ったことを、守ってくれという圧がすごい。

 安心しろ、今すぐにここで切り捨てられることはない。

 それに、「役に立ったら」って言っただろう?


 ふと、篝火の明るさを受けない夜の闇の部分に、動くものを見つけた。

 それは、三つ目の目的が上手く行ったことを知らせる合図だった。

 

「父上」

 勝千代はくいくいとその身頃の前を引いた。

「いかがした?」

 どうしよう。もう帰ろうと言えばいいのか?

 しかし父と同格か、見た感じさらにもっと家格が高そうな相手を前に、そんな失礼なことは言えない。

 もじもじと口ごもっているうちに、父がはっと察したような顔をした。

「小便か?」

 いや、違います。



 長距離を走って来たらしい父とは違い、サラサラヘアの人達は馬を駆ってきていた。

 さらに後続が来る、という事だったが、疫病の件は大丈夫なのだろうか。

 町を封鎖して病気を閉じ込めようとしていたのに、そんなに大勢が入ってきては……ああそうか。

 勝千代はもう一度、配下に指示を飛ばしているサラサラヘアへと視線を向けた。


 疫病が事実ではないと、この人たちもわかっていたのだ。

 封鎖したのは疫病ではなく、僧兵たちの移動だ。

 彼らの横のつながりに警戒し、他の場所での同様の蜂起を防いだのだろう。


 しばらくして、父よりよっぽど身なりの整った武士たちが集まってくる。

 こうやって見ると、父と父の配下の者たちは何というか……もっさりしている。

 服装のせいか? 髭を伸ばし放題なせいか?

 いや、旅中だということを考慮してみても、なんとなく「しゅっとしている」度合が雲泥の差だ。

 僧兵たちを一人ずつ捕縛している下級の武士にしてみても、おそらくは父の周囲にいる者たちより身分は下なのだろうが、どう表現すればしっくりくるだろうか……そう、「いいところに雇われている人」感があるのだ。

 もちろん今川の有力武将である父の家格が低いわけではないと思う。

 同じ武家でも、家風というものがあるのかもしれない。


 僧兵たちの人数が多いので、捕縛にも時間がかかる。

 こんなところにずっと立っているのも何だからと、如章が金を隠していたという本殿のほうに行ってみる事になった。

 こちらも、話があるからちょうどいい。


 縄で縛られる如章を横目に、歩き出す。

 後ろで何やら喚く声が聞こえたが、気にしない。

 それよりも、自分の足で歩けるから降ろしてほしい。

「駄目だ」

 父に即断で却下される。

 なんで?!


 理由はすぐにわかった。

 父だけではなく、サラサラヘアの男も、やたらと速足なのだ。

 勝千代の足だと置いていかれるだろう。

 これが徒歩なの? 競歩じゃないの?!


「さて」

 表面上は質素な造りだが、中に入ってみると、金色をした置物だの法具だのが所狭しと置かれていた。

 如章が黄金こがね好きだという事は間違いない。

 あまりにもキラキラしているので、光源がそれほどなくとも明るく見えるぐらいだった。

 サラサラヘアの男は、何故か下座に座った。

 光沢のある板間の、成金趣味としか思えないキラキラな部屋の真ん中付近。

 どうして彼が下座にあたる場所に座り、父が上座に勝千代を下ろしたのか。

 嫌な予感がする。

「お初にお目にかかります。朝比奈又太郎泰能と申します」

 待って。

 どうして頭を下げるの。

 すがるように父を見上げると、諦めたようなため息をつかれた。

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― 新着の感想 ―
小判は江戸時代に家家が作らせたやつだから違う表現がいいんじゃないかな
[良い点] 毎日の更新、ほんとにありがとうございます! 本当に面白いです。 最近、長たらしいタイトル(中身説明系)の小説に若干食傷気味で、そうでないタイトルのものと思って読みはじめて、大当たり!と思っ…
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