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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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61/308

11-3

 赤黒い顔の達磨はわめいているだけだ。

 問題は、彼が扇動する僧兵たちのほうだった。

 勝千代がここへ来た理由は大きく三つ。ひとつは今した如章への訴追だが、実はこれは主目的ではない。

 あの男を失墜させるだけなら、本願寺のお偉いさんに話を持っていけばいいだけなのだ。


 如章のしていることは、明らかに、僧侶としての本分を外れている。

 内容が内容だけに、表沙汰にはできないと判断され、揉み消される可能性もなくはないが、そのあたりは福島の名でゴリ押しできると思っている。

 ここは今川氏の勢力範囲内。そこで目に余るほどの好き勝手をすれば、真正面から武家を敵に回すことになりかねない。

 それは、本願寺派の上層部も避けたいはずだ。


 如章は時間があれば何とでもなるが、それよりもっと気にしなければならないのが、彼が率いている僧兵たちだった。

 彼らを僧兵とひとくくりにしていいのか、熱狂的な教徒だと言えばいいのかわからないが、もともとはただの食いはぐれた農民や商人、あるいは下級武士の次男以下だろう。

 ごく普通の出自の者のはずなのに、命じられれば幼子を手に掛ける事にすら疑問を感じない。それはもはや、仏門の徒というよりは、狂信者だ。

 如章はその手綱を握る機会を得て、まるで自身の権力であるかのように錯覚したのだろう。

 だが賭けてもいい。宗主の命令でその首が別人に挿げ替えられたとしても、僧兵たちが大きく動揺することはない。

 教義で結ばれた彼らの絆は強く、その勢力は国という枷を持たないが、大元にあるのは仏の教えであり、武家のように主従関係があるわけではないのだ。


 故に、勝千代がするべきことはただひとつ。

「如章、そなたはじきに破門される」

「なっ」

「その方らも、身を正さねば同様の処分を受けよう」

 取り巻いていた僧兵たちが、明らかに動揺した。

 突き付けていた切っ先が、迷うように揺れている。


「よう考えてみよ、如章がこれまでしてきたことは、真に御仏の教えに沿うものだったか?」

 罪もない、弱い者たちを手に掛け、あるいは金銭で売り払う。

 どう考えても仏教の教えとは真逆の行動だ。

「じき如章より高位の御坊がいらっしゃるであろう。その時、その方らの罪を咎められぬと良いな」

「黙れ黙れ黙れっ!!」

 怒り狂った如章が、傍らの僧兵から槍を奪って握り締めた。

「腰抜けどもが、お前らが出来ぬと言うのならわしが……」


 わあわあと言う声が、遠くから聞こえた。

 もはや何度も聞いた、戦激の音だ。

「……来たか」

 勝千代は、音のする方向に目を凝らしてみたが、僧兵どもの肉壁が厚くて何も見えない。 

 それは勝千代だけではなかったようで、如章も何が起こっているのかわからない風にきょろきょろしている。

「な、何事」

 こんな季節なのに、額に玉のような汗が浮かんでいる。

 勝千代は目を凝らすのを諦めて、まっすぐにその丸い顔を見上げた。

「勝てぬ戦はせぬ主義だ」

 一応は、武士の子なので。



 勝千代の持つ最大戦力といえば、もちろん父だ。

 かじれる脛があるうちは、かじってやるのが子のすることだ。

 ここに乗り込む前、ちょうどいいタイミングで到着するよう、おおよその時間を逆算して書簡を届けさせた。

 勝千代の手紙を見れば即座に駆けつけてくるだろう……という、最短ルートを予想した上での計算だ。

 いずれ堪忍袋の緒を切らせた父が、如章らと揉めるのは目に見えていたので、ぶつかる前に僧兵らの戦意を削いでおくのが今回の主目的だった。


「色々とやりすぎたな」

 赤黒かった如章の顔からは、面白いほど血の気が失せている。

「父は、わたしを害そうとした者を許さぬだろう」

 本当に疫病に罹患しているとかならまだしも、明らかに違うとわかっている。

 更には、そう命じたのが私欲のためとあっては、父を止められる気がしない。


 おそらく如章の位置からは、突進してくる父の雄姿が見えているのだろ。

 ガタガタと震え始め、がらんとその手から槍が落ちる。

 父がここに到着するまであとどれぐらいだろう。

 五分? 十分?

 もうひと仕事する時間は残っているだろうか。


「仏門は追い出され、我が父には狙われる……生き延びられると思うか?」

 じりじりと後ずさっていた如章が、真っ青な顔で勝千代を見下ろした。

 想像したのだろう、わかりやすくガタガタと奥歯を鳴らし、せわしなく首を左右に振る。

「……助けてほしいか?」

 やさしく、柔らかな口調で問いかける。

「死にたくないのであろう?」

 ゆっくりと口角を上げ、微笑む。

 勝千代のその顔を見て、如章だけではなく、周囲の僧兵までもがひゅっと息を飲んだ。

「役に立つなら、口を利いてやっても良い」

 ますます表情を硬くして後ずさる大人たちに、勝千代は「ふふ」と小袖で口元を覆いながら含み笑った。

「まずは、武器を捨て投降することだ。従順の意を示すものを、我が父はむやみに手に掛けはせぬ」

 一斉に、周囲の僧兵たちが武器を手放した。

 カランカランと鳴るその音は、次第に遠くにまで広がって、やがて戦激の音までもが止んだ。


「……お勝!」

 遠くから名前を呼ばれ、そちらを振り向くと、ものすごい勢いで突進してくる巨躯が目に入る。

 膝を折り投降の意を示す男たちの頭上を飛び越えるようにして、数分と掛からず駆け寄ってきた。

 父は無言で勝千代を掬い上げ、ほっとしたように息を吐く。

 すうはあと頭上で息を整え、ようやく声を発したときには、寸前までの、まるで鬼神の如き雰囲気は収まっていた。

「何がどうなっておる、書簡を見て心の臓がつぶれるかとおもうた」

「ほんとに、何をどうやったら、こんなことに……なるんですか?」

 相変わらずの甲高い口調でそういうのは二木だ。

 父とは違いかなり息が上がっていて、よほどの強行軍で駆けつけてきたのが分かる。

「……お話してただけ」

 ものすごい数の視線が、父に集まってきている。……正確には、だっこされている勝千代と父に、だ。

 いや、恥ずかしいぞこれは。なんとか降ろしてもらわなければ。

「へぇ、お話してたら得物を投げ捨てるんですか、へぇ……ところで、いつから我が殿の御嫡子は姫君におなりになったので?」

 ピンク色の小袖の事だな。いちいち突っ込むんじゃないよ。

「福島どの」

 言い返そうかと口を開きかけた時、聞いた事のない男の声がした。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いので頑張って続けてもらえるとありがたいです。
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