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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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60/308

11-2

「……福島殿のご嫡男でしょうか」

 相変わらずねっとりと嫌な喋り方だ。

 勝千代は「そうだ」と端的に答え、不快感を隠しもせず顔をしかめた。

「御仏のお情けにおすがりにいらしたのでしょうか」

 幼い子供にそんな態度をされて、いい気はしなかったのだろう。

 如章は苛立ちを隠そうともせず、その上からとってつけたような微笑みを浮かべた。

「おお、なんと健気な。病に侵された身を捧げに参られたのか?」

 背後でジリリと身構える気配がした。

 察するに弥太郎だろう。段蔵なら足音も立てない。


「よくもまあ、恥ずかしげもなく」

 勝千代は、敵である僧兵たちでさえぎょっとするほどの、傲慢ともとれる口調で吐き捨てた。

「その方に語られる御仏がお気の毒というもの」

 達磨坊主の眉間にもりっとしわが寄った。

「……何を仰っておられるのかな」

「生臭坊主」

「……っ」

 まるで子供の悪口レベルだったが、勝千代の声は周囲の沈黙を突き抜けてよく響いた。

「そんなに金が好きか」

 あまりにも驚愕の表情をされたので、少し楽しくなってきた。

「そんなに色事が好きか」

 歌うように言葉を続け、こてり、と小首をかしげる。

「その方が思うておるほど、世の中は甘くはないぞ」

「仏敵がっ!!」

 今の世で、如章の発したその言葉は、恐らく凄まじいパワーワードなのだろう。

 周囲の僧兵たちがズササササッと音が聞こえるほど後ずさり、中には手に持っていた武器を取り落とす者までいた。

 そういえば、織田信長が比叡山の焼き討ちをした時も、かなりの反発があったという。

 もちろん勝千代は、そんな大それたことをする気はない。


 如章は、こちらが泣いて詫びるとでも思っていたのだろうか、自信満々に怒りを漲らせ、カッと目を見開いた。

「御父上はどうお考えでしょうか。今川の殿も……」

「仏敵はどちらだろうな」

 現代日本人は、正月に初詣に行き、お盆に墓参りをし、ハロウィンには仮装をし、クリスマスにケーキを食べる。

 特定の神仏にすがる、という感覚がないから、如章の言葉の槍は勝千代にはかすりもしなかった。

「こちらが手も足も出ず、その方の言い分を甘受すると思うておったのか?」

 如章が更に怒鳴ろうと、息を吸い込んだ。

 こちらは小さな子供と大人が二人。

 対して如章の側には僧兵たちがその十倍以上いる。

 常識的に考えて、勝千代側に勝ち目がないように見えるのだろうし、実際如章はそう確信していたのだろう。

 どこの馬鹿が、手だても講じずのこのこと敵陣に乗り込んでくるものか。

「もちろん、確たる証拠があるに決まっておろう」

 勝千代の冷笑を見て、如章は怒鳴り付けようと息を吸い込んだまま固まった。

「何を」

「一式書類にまとめて本願寺の宗主どのに親書をしたためておいた。そのうち沙汰があろうよ」


 ひゅっと鋭く喉が鳴る音がした。

「ひとつ、疫病など欠片も出ていなかった件」

 勝千代は薄桃色の小袖から覗く手で、人差し指を一本立てた。

「ひとつ、祈祷などと称して多額の金品をせしめていた件」

 これは日向屋に証文を書いてもらって同封した。なんと如章は東雲と別れたその足で、日向屋のもとへ出向き、疫病退散の祈祷料として大金を巻き上げて行ったというのだ。

「ひとつ、子供を人買いに売りはらっていた件」

 これも、例の子ザル男をとらえている。今は例の僧兵どもと同じ場所で、縛られて転がされているはずだ。

「最後に……」

「貴様ぁぁぁぁぁっ!! よくもありもしない事をっ」

「確たる証があると申したであろう」

 赤く染まった達磨顔を見返して、勝千代は冷静な口調で言った。

「阿呆ぅかと思うほどボロボロ証拠を残しておいて、足元をすくわれぬと思うておったのか?」


 疫病が出たと言い張りたいなら、むやみやたらに人を殺すべきではなかった。

 どんな酷い病であっても、その周囲の者まで全員が死ぬようなものはない。回復する者がひとりもいない、家ごとすべて燃やしてしまう……発症初期にそれらの手だてを取るなど、あまりにも乱暴だ。

 祈祷の件もそうだ。どんな行をして見せたのか知らないが、この非常時に大金を巻き上げるなど「いかにも」過ぎる。

 前提としての疫病の信憑性が揺らげば、如章が絵図を書いて金品をせしめたのだという筋書きは、誰の目にも明らかだろう。

 人買いの件についてもそうだ。

 どうして子ザル男が寺に出入りするのを許していた? 悪事が露見しないと、どこからそんな自信がきたのだ。


 おそらくは、己の権威性に自信があったのだ。

 誰も如章には逆らわない。御仏を敵に回すようなことはしない……と。


「……っ、殺せ! その者どもは仏敵だ!!」

 如章の丸々とした指が、ぴたりと勝千代の眉間に向けられた。

 僧兵たちが一斉に武器を構え、段蔵と弥太郎も太刀に手を掛ける。

 勝千代はゆっくりと周囲を見回した。


 薄桃色の小袖をそっと肩までずらし、あどけない顔をさらす。

 こてり、と小首をかしげ、たくましい僧兵たちの一団へと視線を巡らせると、仏敵へ振るおうとしていたその切っ先が躊躇に揺れた。


 そうだろう、そうだろう。

 幼い子供へ集団で切りつけるなど、仮にも御仏の徒を名乗るのであれば、ためらって当然だ。

 篝火の灯りをまるでスポットライトのように浴びた如章が、真っ赤だった顔を赤黒くして激怒に震える。

「殺せぇぇぇっ! 貴様らも御仏を敵に回すのかぁっ」

 馬鹿がいる。

 そして、如章のそんな煽りに諾々と従う僧兵たちも、大馬鹿だ。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
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― 新着の感想 ―
[一言] これ、見ている臣下からすると、神童など生易しいレベルの怪物に見えるんじゃないでしょうか。 いいぞもっとやれ。
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