11-2
「……福島殿のご嫡男でしょうか」
相変わらずねっとりと嫌な喋り方だ。
勝千代は「そうだ」と端的に答え、不快感を隠しもせず顔をしかめた。
「御仏のお情けにおすがりにいらしたのでしょうか」
幼い子供にそんな態度をされて、いい気はしなかったのだろう。
如章は苛立ちを隠そうともせず、その上からとってつけたような微笑みを浮かべた。
「おお、なんと健気な。病に侵された身を捧げに参られたのか?」
背後でジリリと身構える気配がした。
察するに弥太郎だろう。段蔵なら足音も立てない。
「よくもまあ、恥ずかしげもなく」
勝千代は、敵である僧兵たちでさえぎょっとするほどの、傲慢ともとれる口調で吐き捨てた。
「その方に語られる御仏がお気の毒というもの」
達磨坊主の眉間にもりっとしわが寄った。
「……何を仰っておられるのかな」
「生臭坊主」
「……っ」
まるで子供の悪口レベルだったが、勝千代の声は周囲の沈黙を突き抜けてよく響いた。
「そんなに金が好きか」
あまりにも驚愕の表情をされたので、少し楽しくなってきた。
「そんなに色事が好きか」
歌うように言葉を続け、こてり、と小首をかしげる。
「その方が思うておるほど、世の中は甘くはないぞ」
「仏敵がっ!!」
今の世で、如章の発したその言葉は、恐らく凄まじいパワーワードなのだろう。
周囲の僧兵たちがズササササッと音が聞こえるほど後ずさり、中には手に持っていた武器を取り落とす者までいた。
そういえば、織田信長が比叡山の焼き討ちをした時も、かなりの反発があったという。
もちろん勝千代は、そんな大それたことをする気はない。
如章は、こちらが泣いて詫びるとでも思っていたのだろうか、自信満々に怒りを漲らせ、カッと目を見開いた。
「御父上はどうお考えでしょうか。今川の殿も……」
「仏敵はどちらだろうな」
現代日本人は、正月に初詣に行き、お盆に墓参りをし、ハロウィンには仮装をし、クリスマスにケーキを食べる。
特定の神仏にすがる、という感覚がないから、如章の言葉の槍は勝千代にはかすりもしなかった。
「こちらが手も足も出ず、その方の言い分を甘受すると思うておったのか?」
如章が更に怒鳴ろうと、息を吸い込んだ。
こちらは小さな子供と大人が二人。
対して如章の側には僧兵たちがその十倍以上いる。
常識的に考えて、勝千代側に勝ち目がないように見えるのだろうし、実際如章はそう確信していたのだろう。
どこの馬鹿が、手だても講じずのこのこと敵陣に乗り込んでくるものか。
「もちろん、確たる証拠があるに決まっておろう」
勝千代の冷笑を見て、如章は怒鳴り付けようと息を吸い込んだまま固まった。
「何を」
「一式書類にまとめて本願寺の宗主どのに親書をしたためておいた。そのうち沙汰があろうよ」
ひゅっと鋭く喉が鳴る音がした。
「ひとつ、疫病など欠片も出ていなかった件」
勝千代は薄桃色の小袖から覗く手で、人差し指を一本立てた。
「ひとつ、祈祷などと称して多額の金品をせしめていた件」
これは日向屋に証文を書いてもらって同封した。なんと如章は東雲と別れたその足で、日向屋のもとへ出向き、疫病退散の祈祷料として大金を巻き上げて行ったというのだ。
「ひとつ、子供を人買いに売りはらっていた件」
これも、例の子ザル男をとらえている。今は例の僧兵どもと同じ場所で、縛られて転がされているはずだ。
「最後に……」
「貴様ぁぁぁぁぁっ!! よくもありもしない事をっ」
「確たる証があると申したであろう」
赤く染まった達磨顔を見返して、勝千代は冷静な口調で言った。
「阿呆ぅかと思うほどボロボロ証拠を残しておいて、足元をすくわれぬと思うておったのか?」
疫病が出たと言い張りたいなら、むやみやたらに人を殺すべきではなかった。
どんな酷い病であっても、その周囲の者まで全員が死ぬようなものはない。回復する者がひとりもいない、家ごとすべて燃やしてしまう……発症初期にそれらの手だてを取るなど、あまりにも乱暴だ。
祈祷の件もそうだ。どんな行をして見せたのか知らないが、この非常時に大金を巻き上げるなど「いかにも」過ぎる。
前提としての疫病の信憑性が揺らげば、如章が絵図を書いて金品をせしめたのだという筋書きは、誰の目にも明らかだろう。
人買いの件についてもそうだ。
どうして子ザル男が寺に出入りするのを許していた? 悪事が露見しないと、どこからそんな自信がきたのだ。
おそらくは、己の権威性に自信があったのだ。
誰も如章には逆らわない。御仏を敵に回すようなことはしない……と。
「……っ、殺せ! その者どもは仏敵だ!!」
如章の丸々とした指が、ぴたりと勝千代の眉間に向けられた。
僧兵たちが一斉に武器を構え、段蔵と弥太郎も太刀に手を掛ける。
勝千代はゆっくりと周囲を見回した。
薄桃色の小袖をそっと肩までずらし、あどけない顔をさらす。
こてり、と小首をかしげ、たくましい僧兵たちの一団へと視線を巡らせると、仏敵へ振るおうとしていたその切っ先が躊躇に揺れた。
そうだろう、そうだろう。
幼い子供へ集団で切りつけるなど、仮にも御仏の徒を名乗るのであれば、ためらって当然だ。
篝火の灯りをまるでスポットライトのように浴びた如章が、真っ赤だった顔を赤黒くして激怒に震える。
「殺せぇぇぇっ! 貴様らも御仏を敵に回すのかぁっ」
馬鹿がいる。
そして、如章のそんな煽りに諾々と従う僧兵たちも、大馬鹿だ。




