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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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59/308

11-1

 冷たい風が頬を打っている。

 頭から被った小袖は薄桃色の小紋柄……あのときたまたま掴んだ一枚だが、女性ものだ。なんでこれを選んだんだろう自分。

 ばたばたとはためく小袖を横目に眺め、ほんの少し後悔する。

 いや、あるだけマシなのだ。

 一枚多めに被っていても、ものすごく寒い。

 熱? ……下がっている感じはする。

 あまりにも寒くて、自身の体温など全く分からないと言ったほうがいいだろうか。


「御自ら出られずとも……」

 ここまできても説得を諦めない弥太郎が、ぼそぼそと呟く。

「お身体の具合が優れませんのに」

 勝千代は強いて後ろを振り返らず、黙って遠くの篝火を見つめた。


 待っているだけでは駄目だと悟ったのだ。

 楓のような子供でも、生きていくために必要な仕事をしっかりこなしている。

 勝千代が今するべきなのは、この一件を即座に収めることだった。

 体調の善し悪しなど、人死にを前にすれば言い訳にもならない。

 

 これまでは自分の事を、ただの病弱な四歳児に過ぎないと考えていた。

 己の手では何もできず、周囲に守られているだけの哀れな幼児なのだと。

 だから表立っては動かなかったし、むしろ熱を出すばかりの迷惑な身体を引け目に感じていた。

 だが、必要であれば殴られることも厭わず、しかしチャンスが来れば逞しくやり返す楓を見て、このままではいけないと思ったのだ。

 彼自身が生き残るために、皆がこの困難を乗り切るために、何ができるのか。何をするべきなのか。

 答えはすでにわかっていた。

 わかっていたのに、すぐに動かなかった。

 その結果が、日向屋の奥方の負傷であり、楓の顔の青あざだ。


 すっと傍らに段蔵が立つ。彼の長身が風を遮り、少し楽になる。

「……無事届けたな?」

「はい」

 配下としてはいささか不遜な立ち位置だが、風よけのためにわざとそうしているのだろう。

 勝千代は首が痛くなるほど長身の忍びを仰ぎ見て、その表情から不測の事態はないと判断した。


 ……では時間だ。


 一歩踏み出すと、草履越しに尖った石が足裏を刺す。

 そんな痛みにすら怯みそうになるのを、無理をして受け流す。

 段蔵も、弥太郎も、じっと勝千代を見ている。少しでも弱さを見せたら、安全圏まで引かされるだろう。

 彼らは「勝千代の護衛」ではなく、「勝千代を護衛」しているのだ。



「何者っ!!」

 歩き始めてそう経たないうちに、誰何された。

 まだ目的地まで距離があるのに、物々しく武装した僧兵たちが松明を片手にこちらを見ている。

「……名乗る必要は感じぬ」

 勝千代は毅然と答えた。

 いつものどこか細い、弱々しい声ではない。腹に力を入れると、自然と声が張る。

「如章とやらに会いに参った。案内いたせ」

 農民や商家の出が多い僧兵たちは、勝千代の虚勢に明らかに怯んだ。

「どうした? 私を探せと言われているのだろう?」

 手本は東雲だ。

 あいにくと扇子の持ち合わせはないが、ツンと顎をあげるとそれらしく見えるだろう。


 目で相談しあう僧兵たちの反応を、待ちはしなかった。

 勝千代が足を踏み出すと、自然と僧兵たちは後ずさる。

 それは幼い子供に引いたというよりも、やけに偉そうなその雰囲気と、背後に控える段蔵たちの存在があっての事だろう。

 ただ、ひとりが引いてしまえば、集団心理として皆が同調する。

 そしてどうなったかというと、ぞろぞろと大勢いた僧兵たちが、まるでモーゼが海を割ったワンシーンのように、左右に分かれて行ったのだ。


 正直、内心ではびくついていた。僧兵たちは勝千代の目にはものすごく屈強に見え、順に左右に割れていく様子は異様な情景だった。

 もしこのまま押し寄せられたらどうなる? 囲まれて殺されてしまうのではないか?

 しかし必死でその恐怖を押し込め、表面上は平静を装う。


 やがて、見覚えのある寺の門前までやってきた。

 立派な造りの門の左右には、いくつもの篝火が焚かれている。

 さすがに現代日本の明るさとまでは言えないが、この時代の人々には目を見張るほどに派手で眩く映るのだろう。

 それもおそらく、如章の演出なのだ。

 人々を畏れさせるには、火はわかりやすく重要な要因だ。

 下町の通りを焼いたのも、畏怖を煽り、行動を制御しようとしての事なのだと思う。


 しかし、もっと派手な……それこそネオンのギラギラしい世界を知っている勝千代には、感じるものはあまりなかった。

 ボーイスカウトのキャンプファイヤーよりも小さな火勢なのだ。

 むしろ炎の揺らぎを見ると、ふつふつと怒りがこみあげてくる。

 あの下町の惨劇は、勝千代の脳裏に強烈な記憶として焼き付けられていた。


 怒りに背中を押されるようにして、数段の階段を上がる。

 その先に堂々たる佇まいで待っていたのは、丸々とした体格の僧侶だった。

 周囲の僧兵たちが墨色の法衣なのに対し、びっくりするほど派手な装束である。

オレンジ色の袖のある着物に、炎を照り返してぎらついている袈裟。

 思わず目をつぶりたくなるほど……なんというか、テカテカしている。


 見る人が見れば、有難いと拝みたくなるのかもしれないが、勝千代の目には、やけに空々しく……要するに、嘘っぽい張りぼて感満載に見えた。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
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― 新着の感想 ―
[良い点] ここらあたりで、まったくなろうものと違う時代小説として一定の水準になり、かなりうまく状況が分かる描写に。
[良い点] 登場人物の設定や性格がしっかりしてて違和感なく読みすすめれました。 [気になる点] 一向衆が当時の密教や南都北嶺とかなりごっちゃになっているように感じました。 一向衆は加持祈祷や疫病祓い…
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