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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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10-4

「組頭はどうされましたか?」

 楓の早口の問いかけに、首を傾ける。

 誰、組頭って? 段蔵のことかな。

 そう尋ねられている間にも、やってきた男たちがガタガタと木襖を開けていく音が聞こえる。

「とりあえず、見つかるわけにはいきません」

 もちろんその通りだ。

 手足の長い忍びが無言で、勝千代のしていた事の続きを始めた。

 こうなったらプロに任せておくに限る。

 彼が手早く小物類を片している間に、楓がやってきた男たちの様子を見に行く。

 一分もかからず戻ってきて、音をたてないように木襖を閉めた。


「僧兵ですね。八人います」

 八人?! 意外と多い。

「空き家に人が入り込んでいないか調べているようです。すぐここにも来ます」

 聞こえてくる男たちの声から判じるに、ここはかなり大きな建物だ。

 例えるなら、校舎の反対側の端で誰かが喋っている感じ。校舎ほどの大きさはないだろうが、すべての部屋を見て回るには時間がかかりそうな広さだ。

 とはいえ同じ建屋の中なので猶予はない。


 楓がちらりと男の方を見ると、男は無言で頷いた。

「天井裏に身を潜めましょう。外にも大勢僧兵がいます」

 いったい何のために、そんなにたくさんの僧兵が出回っているのだろう?

 誰かを探している? まさか勝千代では……

 ありそうな事だった。


 如章も馬鹿ではないなら、朝比奈殿につなぎをつけるという余計な真似をしてくれた父を敵認定しているだろう。

 父の最大の弱点が、溺愛している息子の勝千代だ。

 今川の武将として名をはせている父が、ひと目もはばからず大号泣して病弱な息子に縋りついていたことは、ちょっと調べればわかる。


 如章に勝千代を押さえられたら、父は負けるだろう。

 当の本人ですらそう思うのだから、如章がそれを狙わないわけがない。

 宿に乗り込んできた目的がそれなら、今僧兵たちが探し回っているのも勝千代に違いなかった。


 聞きたい事はいくつもあったが、勝千代は黙って頷いた。

 楓はテキパキと男の仕事を手伝いはじめ、小袖も吸い口も鉄瓶も、まだ熱いはずの火鉢ですらも、あっという間に部屋からなくなった。

 火の気が心もとない灯明ひとつになり、部屋がぐっと冷え込んでくる。

「いったん連中をかわしてから、頭領が見つけてくれるのを待ちましょう」

 頭領って誰。

 今は聞いているような時間はないので、もう一度頷いて彼女に任せることにした。


 封鎖された町で、地の利がある相手から逃げ回るのは簡単な事ではない。

 段蔵たちは、連中の目をかわすためにこの場から離れたのかもしれない。

 そんなことを考えながら、楓の指示に従って天井裏に上がる。

 どうやって? もちろん、男に抱きかかえられて……だ。

 足場もはしごもない状態で、ひとりで上がれるわけないじゃないか。


 梁の上に落ち着いて、次は楓が上がってくるものだと思っていたのだが、それより先に、男が身を固くした。

 かすかに見える灯明のあかりが、楓の居場所を告げている。

 輪郭だけ見える彼女の顔が、男と同じようにはっとして、一方を見ていた。


 一瞬、楓がこちらを見上げたのがわかった。

 いや、待って。駄目だよ。待って!

 そう言いかけた勝千代の口を、男が塞ぐ。


 忍びたちが感じ取ったものが何か、凡人である勝千代にもわかった。

 どすどすという足音が、まっすぐに近づいてくるのだ。

 端から順ではなく、無作為に探し回っているのか。それとも、手分けしていて奥から探そうというのか。


 バン! と乱暴に木襖が開かれた。

 身を固くした勝千代を、男の長い腕がなお一層つよく抱き込む。

「……おやおや、こんなところに子ネズミが」

 ぱっと明るい松明の光が視界を焼いた。

 勝千代がとっさに目をつぶると同時に、男は天井板を静かに閉ざす。

 その先の情景を見ることはできなかったが、複数の頭を丸めた男たちが部屋を覗き込んでいた事、楓が見つけられてしまったことだけはわかった。

 まずいのではないか。

 そう言いたかったが、口を塞がれているのでできない。


「……どうしてこんなところにいるのかな」

 僧兵の一人がそう尋ねる。

「親御さんは?」

「馬鹿野郎、みりゃわかるだろうが、宿無し親なしの浮浪児だ」

「浮浪児にしては小綺麗じゃないか?」

「それなりの稼ぎがあるんだろうよ」

「稼ぎ?」

「そりゃあなぁ」

 よくない話の流れだ。

「ご、ご堪忍ください……きゃあっ」

 楓の悲鳴と同時に、もみ合う音がした。

 勝千代は動きを封じられているので何もできず、男の手に指先を食い込ませる。

「おいお前ら、何やって……ああ? ガキじゃねぇか」

 更に僧兵たちの数が増えてくる。

「おっ、でもなかなか可愛い子だ」

「まだ子供だろ、やめろよ」

「なんだよ、怖気づいてんのか?」

 止めようとする者も中にはいて、少しは期待したのだが、結局大意は楓をなぶる方向で固まったらしい。


 天井板は閉められているので、下で行われていることのすべてを見ているわけではない。

 ただ、殴りつけられる音、布が破かれる音、それらの物音から察せる状況はひとつだけだ。

 勝千代の手がぶるぶる震える。

 恐怖にではない。

 込み上げてくるのは、怒りだ。

「……いやあああっ」

 楓の悲鳴が鼓膜をついて、ぼろりと大粒の涙があふれて落ちた。


 これ以上は聞くに堪えず、もう我慢できない、と心が限界に達しかけたとき、ガン! と重いものがぶつかる音がした。

 ドゴン、バコン、とさらに続き、「なんだっ」と僧兵たちの焦る声が上がる。


 勝千代の口を塞いでいた手が緩み、「はっ」と息がこぼれる。

 誰かが来てくれた、楓は助かったのか? そんな気持ちが渦巻いて……

 うまく呼吸ができない。

 過呼吸発作だ。

「若君」

 真っ暗闇の中、段蔵の声がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく面白くて一気読みしました!徐々に成長していく主人公がこれからどんな体験をするのか楽しみです。子供らしくない諦めや達観と現代日本の価値観からくる甘さや激情がとても好きです!続きも楽しみ…
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