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冬嵐記  作者: 槐
第三章

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55/308

10-2

 柘植櫛の家紋を見た勝千代は、即座にその夢路という少女の救出に取り掛かることに決めた。

 疫病騒ぎはとりあえず静観。

 父と東雲が動いているから、推移にだけ注意して任せることにする。


 楓が夢路の姿を確認した時のように、ひそかに侵入してそのまま脱出させることは難しい。

 誰にも気づかれないようにこっそり忍び込むことはできても、そこから人一人を連れ出すとなれば、格段に難易度が上がるからだ。

 段蔵たち忍びは、戦闘よりも諜報に特化した集団だ。

 いくら腕が立つものが揃っていようとも、正攻法で僧兵たちと刃を交えさせるべきではない。


 真っ先に候補に挙がったのは、父を頼ることだ。次に、東雲はどうだと考えた。

 しかしどちらも、本願寺派という大きな勢力を敵に回す事になれば、無傷では済まない。

 どうすれば問題なく、迅速にこの件を解決できるだろう。

「如章はほかの町でも同様のことをしていると東雲さまはおっしゃられていた。つまりは、この町に長く常駐しているわけではないのだろう。もともといた僧侶の中に、如章を快く思っていない者はいないか?」

 いないはずはない。

 女子供の扱いのひどさに顔をしかめ、金のために疫病を装う事に疑問を感じる……それは、僧侶としてというよりも、人間としてあたりまえの感覚だ。

 問題があるとすれば、それを持ち合わせている者を探すだけの時間があるのか、という事だった。


 別の視点からも考えてみる。

 今、この町は封鎖されている。

 僧侶たちが町に木戸を作り、さらにその向こうでは朝比奈の兵が人の出入りを封じている。

 僧侶たちの中にはそれに不安を感じ、如章の立場が揺らいでいると考える者もいるのではないか?

 まがり間違えば自分たちも罪に問われるのではと、心の中で畏れている者もいるだろう。

 当の本人である如章も、いささか厄介なことになったと感じているはずだった。

 諸々の露見を防ぐために、夢路だけではなく、事情を知るものへの口封じに至る恐れも大いにある。

 やはり、急がなくては。


「……夢路を座敷牢から救出するとして、時間はどれぐらい必要だ?」

 たとえば牢のカギを手に入れる事や、見張りの巡回の把握、脱出ルートを考えることなど、まずは脱出のための事前の準備が必要だろう。

 実際にその時が来たとして、夢路の体調によっては逃走に手間取る可能性も大いにある。


「一日下されば」

 段蔵の言葉は、自信ありげだった。

 だが、今この町は封鎖されていて、如章にとって有利な状況だということがわかっているのだろうか。

 逃げ出したとしても、おいそれと遠くへはいけないのだ。

「この町には幾つかサンカ衆の隠れ家があります。ナツも今そこにいます。夢路も匿ってくれるでしょう」

 サンカ衆はまずい。幼いナツならまだしも、夢路であれば彼らがどういう集団か知っているはずだ。

「……いや」

 身分の低い端女を連れていてもおかしく思われない者。例えば父。東雲は断ってくるだろう。それから……

「日向屋はどうしている?」

「宿から出ておりません」

 勝千代は頷いた。

 方向性が決まった。



 それからしばらくは書簡を書くことに尽力した。

 日向屋へは自筆で、寺にばらまく文については弥太郎が手掛けた。

 多才な弥太郎は面白いように色々な筆跡で字を書く。

 その内容については勝千代が指示した。意図的に不安をあおり、良心を刺激し、こちらのささやかな「お願い」を綴った。

 例を言うなら……物音がしても聞かぬふりをしてほしいとか、夜どこそこの灯りは消しておいてほしいとか、その程度のものだ。

 そして結びの一文に、この書簡はすぐに破棄するように、と書き加えておく。

 書簡の何割かは如章の手元に行くだろうが、問題はない。

 焦って行動を起こし、墓穴を掘ってくれれば、脱出への目くらましにもなる。

 ただひとつ気掛かりなのが、その矛先が夢路へと向かわないかだが……寺にばらまく文が、疫病と町の閉鎖のことに終始しているから、そちらの証拠隠滅を思い出すのはしばらく後のはずだ。


 日向屋への書簡は段蔵が、寺へは楓とそのほかの忍びたちが分担で配るらしい。

「……気を付けて」

 大量の書簡を抱え頭を下げた楓に、声を掛ける。

 少女は最後まで、一度もこちらを見ることはなかった。

 里芋を掘りに行った時の、楽しそうな笑顔を思い出し、複雑な気持ちになる。

 今の遠いこの距離が、二人の間にある歴然とした身分の差だった。


「若君?」

 文道具を片付けた弥太郎がすぐに手掛けたのが、勝千代の寝床造りだ。

 閉まった襖をぼんやり見ている勝千代に、いぶかしげな声を掛ける。

「もうお休みください。お熱がまだ」

「……ああ」

 促されるまま床に入り、少し休もうと目を閉じて……そういえば、と思い出した。

 勝千代を眠らせたのは、間違いなくこの男だ。

 父に命じられての行動なのだろうが、今は長く眠っている場合ではない。

 近い距離にある弥太郎の目をじっと見上げる。

 弥太郎は少し怯み、愛想笑いのような笑みを浮かべて……その次に、ばつが悪そうに視線を逸らせた。

「……申し訳ございません」

 わかればいいんだよ。

 勝千代はしっかりその謝罪を受け取ってから、再び目を閉ざした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだまだ話の本道に入ってはいないのかもだが面白いです [一言] 八幡大菩薩の御加護が有ります様に
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