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結局のところ、雪崩の原因は不明だ。
発生源と思われる辺りを調べても、仕掛けなど何も出てこなかった。
だからといって、自然現象だったという結論には結びつけられない。
個人的には半々だと思っている。
しかし、疑惑の芽を埋め込むことには成功していて、サンカ衆だけではなく父たちでさえ、黒幕がすべてを片付けようとしたのだと確信していた。
毛皮の男は万事というらしい。卍じゃなく、万事のほうのマンジだ。聞かれてもいないのにわざわざ説明してくれたから、先祖代々よほど誇りある名前なのか、あるいは散々他人に説明する羽目になっているかのどちらかだろう。
先代のサンカ衆の長は、あの雪崩に飲み込まれて亡くなったそうだ。
万事は次の代を担うと決められていた若手の一人だが、岡部攻めからはわざと遠ざけられていた。
一族の今後を決める大勝負だからこそ、万が一の場合の備えとしてそうしていたらしい。
万事は酷く腹を立てていた。
約定があっさり反故にされ、サンカ衆の主だった者の多くが死んでしまったからだ。
夜襲決行の日取りを知って、念のためにと様子を見に来て、別の山からあの雪崩を見ていたのだそうだ。
自然の中で生きてきた彼らは、これもまた山の神の定めかと、生き残った者たちを引きつれ静かに去るつもりでいた。
そこへ二木がやってきて、上手に疑惑の種を産み付けてくれた、というわけだ。
おとなしく去ってくれるのであれば問題はない。
手土産を上げるから、どうぞどうぞと言いたいところだが……そうはいかなかった。
家族を大勢失ったサンカ衆は、復讐をしたい、というのだ。
あきらかに、二木の毒が効きすぎた。
「わかっていると思うけど」
即座に否、と切り捨てそうな父に代わって、勝千代が口を開く。
「散々この城を攻撃し、備蓄を奪ってきた過去は覆らない。こちら側から見れば、君たちは野盗で罪人だ。死んでいった者の家族にとって、君たちは、君たちが今感じているのと同じ恨みの対象だ」
髭面の下で、万事が唇を噛む。
育ちのいいお坊ちゃまにわかるものか、と言いたいのだろう。
サンカ衆は、恵まれた者たちから奪う事を、罪だとは思っていないのかもしれない。
善悪以前の問題で、それは彼らの生きていくための正義なのかもしれない。
だがしかし、誰かにとっての正義は、誰かにとっての悪になり得る。
例えば今ここで万事の首を刎ねたとしても、岡部殿の身内は当然だと頷き、万事の家族は恨みを募らせるだろう。
人間はこうやって対立を深め、争いを繰り返していくのだ。
「こちらの条件は聞いたな」
続く沈黙にしびれを切らしたかのように、父が太い声で言った。
「汝らの事情など知らぬ」
まあそうなるよね。
想像力に欠けるのは、仕方がない事だ。
いちいち共感していては、戦場で戦えない。
例えば敵兵があどけない少年だからと手心を加えたら、逆にその子の手で討たれてしまうだろう。
父たちは、そういう厳しい時代を生きている。
「父上」
勝千代は、父の袖を二度ほど引いた。
突き放すのはいつでもできる。
だがこの男は貴重な情報源だ。二木にそそのかされたにせよ、この場に顔を出したからには、テーブルに並べることができる交渉材料を何か持っているはずだ。
「話を聞くだけは聞きましょう」
勝千代は不機嫌そうな父にニコリと笑いかけ、「むっ」と承諾か拒否かわからない反応を引き出してから、改めて万事のほうを向いた。
ちなみに、安心安全な父の膝の上からである。
「……今すぐ話す気がないなら交渉はここまで。二木に聞いたよね? 破格の条件だと思うけど」
「裏切らないという保証は!」
「そんなものはない」
勝千代はあっさりそう言って、肩をすくめた。
こうやって向き合えばわかる、やはり万事は結構若いのではないか。全身を覆う毛皮の見目もあって、まるで歯をむき出しにして威嚇する獣のようだが、その分老獪さに欠ける印象がある。
「でもね、まとまった金があれば、商売をはじめることも、身分を作ることもできる」
「身分を……作る?」
「身なりを整え、言葉遣いを改め、西国で主家を失いました……とか言っておけば、高望みさえしなければどこかに腰を据えることはできると思うよ」
戸籍も住民票もない時代だから、元武士の○○です! と名乗ってしまえばそれで万事オッケーな気がするのだ。
戦ばかりしている小国に紛れ込むのは容易だろうし、うまくいけば武士として立身出世も望めるだろう。
勝千代の言葉にさすがの父もぎょっとしたが、逆を言えば驚いたのは父だけで、その他の、二木も土井たちですらも、苦いものを飲み込んだような表情をしただけだ。
そういう怪しげな出自の者は、意外と多いのかもしれない。
「用件を早く言う事だ。それを交渉の材料にできるかは、こちらが判断する」
「……」
もったいぶっているのか、迷っているのか、万事はなかなか口を開かない。
さてはこちらの忍耐力を削る作戦か……そう勘ぐるぐらい長時間黙り込んだ末、ようやく動いたかと思えば、おもむろに懐に手を突っ込もうとした。
もちろん、そうする前に段蔵が制止した。
意外に感じたのは、二木が脇差しを半分以上抜いていたことだ。
二木は普段から、短めの脇差しを反りを上にして腰に差していた。
以前に父が眠り薬を飲まされた時も思ったが、なかなかの使い手なのではないかと思う。
手首を掴まれた万事は、ゆっくりと両手を肩の高さに上げて、無抵抗をアピールする。
段蔵が代わりにその懐を探って、取り出したのは粗末な麻製とわかる巾着袋だ。
中から出てきたのは、小さな黒い筒の半分のような形状をしていた。
上半分か下半分かわからないが、漆塗りらしい光沢があって、地味ながらちょっと目を引く造りだ。
茶色の組みひもが持ち手のようになっていて、その端のほうに丸い形の彫り物細工がついている。
それを見た段蔵の動きが止まった。
「丸に七枚根笹」……福島家の家紋が、その細工に刻まれていたのだ。




