表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬嵐記  作者: 槐
第二章
38/281

7-2

 そっぽを向いている二木を前に、土井も南も居心地悪そうにそわそわしている。

 普通に腹を立ててもいい状況だったが、勝千代は小さなため息をつくにとどめた。


 こいつはいわゆる、誤解を受けやすいタイプだ。

 いや、誤解ではない。実際に人が嫌がる事をして、その反応を楽しむ底意地の悪い奴に違いない。

 しかしそれは悪意があってやっているわけでは……ないのか? 

 どう見ても悪意はありそうだが、それでも、この男の中ではそうすることに何の躊躇もなく、おそらくは罪悪感すらない。

 

 ここまで極端なのは少ないが、こういう気質の奴はどこにでもいる。

 息を吸うように悪意をばらまき、周囲を引っ掻き回して楽しむタイプだ。

 普通こういう性格は隠そうとするものだし、えてして取り繕うのがものすごく上手かったりするから、それに比べればわかりやすくてまだマシな部類だとは言える。

 だがしかし、その分付き合いにくいし、周囲には倦厭されてしまうだろう。

 ……父はまったく気にしなさそうだが。


 もしかしなくとも、こいつが父の側に常にくっついて回っているのは、代々の家臣だとか仕官先だとかいう以前に、父のそういうところが気に入っているからかもしれない。


「……あまり過ぎるようならお仕置きするからね」

 勝千代のお子様らしい叱責に、二木はますます不貞腐れた表情になり、その他の大人たちはぽかんと口を開けた。

「ほかの人に迷惑かけたら駄目なんだよ。お尻ぺんぺんされたくなかったらやめようね」

「……お尻ぺんぺん」

 ぐっと口を手で押さえたのは土井だ。

「それともお尻叩かれたいの? みんなの前で?」

 二木がいくらか慌てたようにこちらを見た。

 そうとも、次にやらかしたら全員の前で「お尻ぺんぺん」してやる。

 こういうプライドが高そうな男には、何より耐えがたい罰だろう。

「父上に危険なものを近づけないで」

 糸のように細い目が、極限まで見開かれて勝千代を見た。


 そうとも、父は強い。

 普通の状況下だと、その身に傷をつけるのは簡単ではないだろう。

 本人ですらそう思っているから、父は護衛も連れず単身で動こうとするし、周囲の誰もがそれに疑問を感じていない。

 だが、父だって人間なのだ。些細な油断ひとつでその肌に傷がつく。

 もしそれが毒刃だったら?

 眠り薬も効くのだから、毒だって効くはずだ。

 どうしても父を排除する必要があるなら、真っ先に狙ってくるのはその辺りだろう。



 勝千代は立ち上がり、土間に転がっている男が見える位置まで移動した。

 五十センチ以上もの段差があるのに、男を押さえている段蔵のほうが目線が高いとはどういう事だ。

 自身のチビ坊主ぶりに忸怩たる思いをしただけなのに、段蔵は即座にその場で膝をつき頭を下げた。

 二木のように癖の強いタイプは苦手だが、こういう先走って行動するタイプにも困ったものだ。

 まるで、頭下げられて当然だと思っているガキみたいじゃないか。


「……うちのがごめんね」

 二木の事もそうだが、手加減という言葉を知らない段蔵もそうだ。

 軽く毛皮男の首に手を当てているが、あれは急所を押えている、ってやつなんだろう。

 毛皮の男はぎょろり、と表現できそうな目つきでこちらを見たが、勝千代を見上げた瞬間何故か怯んだ。

 あ、段蔵が指を首に食い込ませたのか。

 手を離して飛び掛かられても困るが、喋れないのも困るのだ。

「段蔵」

 子供らしくない口調だったと思う。

「お、は、な、し、したいんだよ」

 毛皮男はぐっと首を押さえられて頭を低くしつつ、横目で勝千代を見上げた。

 まるで、奇妙な生き物を見るかのような視線だった。



 しばらくして、段蔵が少し力を緩めたのだろう、毛皮男が上半身を起こした。

 起坐の姿勢で土間に膝を揃えて座らされているが、その態度はふてぶてしく、諾々と他者に頭を下げるタイプには見えない。

 例えるならライオンのような、オオカミの群れのリーダーのような……草食動物だと自認する勝千代には、かなり近寄りがたい雰囲気だ。

 改めて視線が合って感じるのは、段蔵が押さえてくれていてよかったと思えるほどの威圧感だ。

 肉食獣を前にしたウサギの気分だが、ここで視線を逸らせてはいけない。

 とはいえ、生理的な恐怖心はいかんともしがたく、自然に見えるように男の毛皮に視線を移した。

 やはり暖かそうでうらやましい。

 襟巻程度のサイズでいいから、くれないだろうか。


「それ、熊?」

 いけない。無意識のうちに思っていることを尋ねてしまった。

 毛皮男を含め、その場にいる少なくとも半分の大人が「?」の表情を浮かべた。

 勝千代は咳払いし、改めてその場に腰を落として座った。



「わざわざ来てもらって申し訳ないけれど、こちらからは二木が話した事以上に言う事はない」

 おそらく毛皮男は、勝千代がそんな風に話し始めるとは思ってもいなかったのだろう。

 実年齢よりも幼く見えると定評の四歳児だ。親の庇護下で甘やかされ愛でられる年頃なのだ。いくら武家の嫡男といえども、厳しく教育を受けるには早い。

「条件について不満があるなら聞こう。いくらかは譲歩しても良い。……だが代わりに、そちらは何をしてくれる?」

 あっけにとられた表情で、毛皮男は勝千代を見上げた。

 小さく首を傾け、返事を促してみるが、思考が停止でもしているのか動かない。


 どれぐらい経っただろうか。沈黙が気づまりになるほどの長さではなく、ただその間をどうしようかと思案しているうちに、毛皮男のぎょろりとした目が次の間の奥のほうを向いた。

 大きく突き出た喉ぼとけが上下し、食い入るように勝千代の背後を見ている。

 さながら獣がテリトリー内に敵を発見したかのような、そんな雰囲気だった。

 だが段蔵が動かない。

 ということは、危険はないという事だ。

 ぬっと太い腕が視界を横切り、勝千代は胡坐をかいたままひょいと真上に持ち上げられた。

「あ、父上。お帰りなさいませ」

「……うむ」

 父が、三の丸から戻ってきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

i000000 i000000 i000000
― 新着の感想 ―
[良い点] お尻ペンペンしちゃってください!笑 [気になる点] 二木は「にき」?南と土井は「みなみとどい」? 以前、福島を「くしま」と指摘されてるのを見て、戦国キラキラネームかよぉ〜、、、わからんわっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ