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冬嵐記  作者: 槐
第二章

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36/308

6-5

「小五郎に聞いた」

 腕組みをした父の言葉に、勝千代は首を傾ける。

 その傍らで二木小五郎がドヤ顔をしているのが解せない。

 指示というか相談しただけだから、叱られるいわれはないはずだが。

「……何故先に父に打ち明けぬ」

 ああなるほど。

 勝千代は再び二木を見て、これ見よがしに呆れた顔をして見せた。

 天狗になっている子供の鼻を明かしてやるつもりでいたのだろうが……残念。勝千代の内面は四十路男なので、スタンドプレーをしたいと思うほどお子様ではない。

 もちろんもう少し話を詰めてから、父に話をするつもりだった。

 ホウレンソウ(報告、連絡、相談)は社会人の鉄則である。


 二木は、勝千代の表情に拍子抜けしたらしく、鼻白んでいた。

 この男も若いのだ。おそらく二十代半ばだろう。

 才気はあるが、先走って己の考えに固執してしまうきらいがあるようだ。

 残念ながら四十路のオジサンには通用しないよ……そういう意味を込めて一瞥すると、二木の顔がみるからに渋くなった。


「こういう手は打てないかと相談しただけです。父上は反対でしょうか」

 父はじっと勝千代の顔を見つめ、いつものように顎に手を当てた。

 そういえばあのヒゲはどうなっているのだろう。

 際限なく伸ばされている風はないから、適度に手入れをしているのだろうか。


「金を渡したとて、約定を守るとは思えん」

「そうでしょうか」

「相手は野盗だぞ」

「父上、サンカ衆はどこかの誰かと約定を交わして、この城を度々攻撃したのです。装備も薄く、正規の軍でもない。雑兵の集団にも劣る身で、今川の出城を襲うというのは相当な覚悟が要ります」

 あの物見櫓の数をみれば、岡部側がかなり苦労していたことが分かる。

 サンカ衆相手にてこずっているというのは表に出しにくいだろうから、きっと周囲には知られないようにしていただろう。

 それが、サンカ衆にもまだ見ぬ敵にも都合がよかったのだ。


「それからもうひとつ。この雪崩のことも確かめてみる必要があります」

「確かめる?」

「自然のものか、何者かが意図的に起こしたか」

 ただでさえ強面な父の顔が、急に真顔になった。

 怒りをあらわにされても怖いが、こちらも恐ろしい。

「父上は雪山についてお詳しいですよね? 今年のような積雪量で、背後に急斜面の山などない状況で、こんなに大規模な雪崩が起こるものでしょうか」

「……あまり聞かない話だな」

 雪中の行軍について詳しい父が言うのだから、そうそう起こることではないのだろう。

 ならば、真偽のほどはさておき、この件もサンカ衆への交渉に使える。

 雪崩は敵味方関係なく襲った。つまりはサンカ衆が企てたことではない。人工的に雪崩を起こし、彼らの口をも封じようとしたと思わせれば、話し合いはより有利に運ぶだろう。


「……また悪い顔を」

 二木がぶつぶつ何か言っている。

 勝千代はにっこりと笑みを浮かべ、蛇男の悪態を無視した。

 悪い顔なんてしていない。失礼な。

「おそらくサンカ衆はこちらの動向をうかがっているはずです。山の斜面の上の方を確認しに行き、嘘でもいいので仕掛けなど発見して見せれば、より信憑性をもってこちらの話に乗ってきてくれるでしょう」

「これまで味方だと思うていた相手を、口封じを謀った敵だと思わせるのか」

「難しいとお思いですか?」

「……いや」

 父はなおもしばらく顎髭を撫で、考えこんでいる風だった。

 勝千代はその視線を浴びながら、小さく首を傾ける。


 わざとじゃないぞ。あざとく可愛らしさをアピールしたわけじゃない。

 しかし父は「うっ」と息を詰まらせ、顎に当てていた手で胸を押さえた。

「わかった」

 傍らで二木がため息をつく。

「……小五郎、小隊を編成して雪崩の上の方を確かめに行け。何も見つからなくとも構わない」

「はぁ……やっぱり俺ですか」

 露骨に嫌そうな顔をされたが、父は慣れているのか全く気にもしないし、勝千代も、むしろそれを煽るように明るい微笑みを浮かべる。

「下村にも話を通して、現地に詳しい者を何名か出してもらうと良いよ」

 頑張ってくれ。

 言外にそう言ってやると、二木の渋面がますます深いものになる。

「そういえば父上、岡部殿の意識が戻ったようですね」

 二木に拒否する間も与えずそう言うと、父は重々しく「うむ」と頷いた。

「生き延びることができるかはまだわからんが、良い知らせではある」

「話はされましたか?」

「いや、声を出せるような状態ではないらしい」

 まだまだ予断はゆるさないようだ。

 彼からの話が聞ければ、少しは状況がはっきりするのに。

「やはりサンカ衆のほうが先ですね」

 勝千代は、ダメ押しをするべく満面の笑みを浮かべ、二木と視線を合わせた。

 

 父に告げ口するぐらいだから、こうなることは覚悟していただろう?

 しっかりこき使ってやるから覚悟してくれ。


 勝千代からの圧を受け取って、若干二木の顔色が悪くなったが気にしない。

 相手がそういうスタンスで来るなら、こちらも相応の対応をするだけだ。

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