遠江 朝比奈領 寒月屋敷4-1
気持ち急ぎつつの帰還後、屋敷の空気がピリリと引き締まっていることに気づいた。
どういう風に違うのかなど、具体的に言語化できるようなものではない。ただ、神妙な顔で足早に行き来する武士たちには、昨日までの、互いに張り合うようなものはなかった。
それに気づいた一朗太の胸に込み上げてきたのは、不甲斐ない自身に対しての悔しさだ。
何が悪かったのか。いや何をするべきだったのか。何故己では、こうはならなかったのか。
最善を尽くしたつもりでいたが、力不足だったのだろう。
勝千代殿が、到着するや否や辣腕をふるったとか、そういうことではない。ただあの御子が同じ敷地内にいるというだけで、屋敷内の気配が別物のように変わったのだ。
一朗太はその日、俯き加減に夜まで過ごした。何も話さず黙り込み、内にこもってふさぎ込んでいるさまを、下村や小四郎殿が気がかりそうに見ているのはわかっていた。
そう、頭では理解しているのだ。比べてどうなるものではない。そもそもの出自が違いすぎる。とはいえ、これだけ歳が離れた童子にも及ばない己が情けなかった。
夜、寝間の中で、ことさらに横田の不在を寂しく感じているのは一朗太だけではないだろう。
武士ならば、『いつか』がくる覚悟は、幼いころに叩き込まれる。だが、勝千代殿ならば失わなかったのではないか。一朗太が下手を売ったからこんなことになったのではないか。
つらつらと、そんな事ばかりを考えて、その夜はまったく眠れなかった。
「やあ」
翌朝、気が進まないながらもお屋敷に出向いた一朗太に、幼子の高い声が掛けられた。
はっと顔を上げ、こんなお声だったかと、まるで本当に童子のようではないかと、よくわからない感想を覚えながら目を見開く。
季節をまたぐほどの時間があったわけではない。前回お会いしてから、せいぜい月が替わる程度の日数しかたっていないのに、そこに立っているのが本当に勝千代殿なのか、まったく自信がなかった。
本当に幼く、小さく、華奢な若君だ。こんな寒いさなかに外に出るなど、側付きは何をしていると思ってしまうほど。
同時に、しばらく前の猛烈な吹雪の夜を思い出した。
巨漢の福島殿に抱きかかえられ、今にも死にそうに青ざめて震えていた幼子。
そうだ。紛れもなくこのお方が福島勝千代殿だ。
よくよく見れば、記憶の中にあるよりも少しだけ頬がふっくらしている気がする。あの頃は本当におつらい時期だったのだろう。今はそれを乗り越えたのか。
そんな事にすら羨望の念を抱いてしまうなど、あまりにも情けない自身の鬱屈に、ぐっと奥歯を噛み締めた。
一朗太は勝千代殿の視線から逃れるように目をそらし、そんな己を恥じて俯いた。誤魔化すようにその場に片膝をつき、粛々と礼を取っている風を装う。
同時に、一朗太の背後では下村が、続いて家臣らが膝をつく音がする。顔を伏せていたので見てはいないが、小四郎殿もそうしたのではないか。
しばらくそうやってかしこまっていると、小さなため息が聞こえた。
「……一別以来ですね」
気を悪くされたかと身構える寸前、幼さと同居した丁寧な口調が帰ってきた。
「はっ」
「いろいろとお話ししたいことがあります。場所を変えましょう」
話とはなんだろう。不甲斐ない様をさらした事への叱責か。
よくよく考えると、気負っているのはこちらだけだとわかるのだが、そのときの一朗太はその程度のこともよくわからなくなっていた。
顔をあげようとして、ひょこひょこと揺れている小さな素足に気づいた。
沓石の上に草履が揃えておかれているが、いかにも小さい。おままごとの道具のように小さい。
急にものすごく不安を覚え、ぱっと顔を上げた。
上がり框の段差すら危ういのではと思ったのは一朗太だけではないだろう。幾人かが手を差し伸べようと前のめりになっている。
ゴホン、と一朗太とそう背丈が変わらない男が咳払いした。
はっとしたように手を下げたのは勝千代殿の側付きたち。当の本人は、何も気づいていない様子でぴょんと飛び降り、草履に足を突っ込んでいる。
足取りはしっかりしたものだが、つい神妙に見つめてしまうのは、幼子特有の頭が重そうな歩き方のせいだ。
一朗太は、弟妹の幼い頃を思い出し、そうだった、勝千代殿は末の幼い弟よりもなお年下なのだと思い至った。
守られるべき年頃の童子だ。あの恐ろしい福島殿が、デロデロに蕩けそうな顔で、壊れモノを扱うようにそっと触れていたのも当たり前だ。
勝千代殿に案内されたのは、母屋の北端にある離れ。
以前から、この屋敷を訪れた時には使わせてもらっているのだそうだ。
一朗太ら武士は、この屋敷の守りを固めているが、どこでも出入り自由なわけではなく、許されているのは西離れとお勝手までで、母屋やこの北離れは立ち入りを禁じられている。
昨日までは御前様の兵が立っていた場所に、福島衆がいる。ただそれだけで、勝千代殿が御前様と親しい間柄なのだとわかった。
しかも驚いたのは、通されたのが広々とした庭に面した一角だったということだ。かなり格が高い部屋だ。御前様にとって、勝千代殿は重要な客ということなのだろう。
冬の昼間の日差しが斜めに差し込み、部屋はほのかに暖かい。
……いや暖かいのは火鉢の熱か。いくつあるんだ。
開け放たれた部屋を暖めるのは無理だと言いたいが、せっせと火鉢に炭をくべる男の右手には鉄瓶がぶら下がっていて、湯を焚こうとしているらしい。
勝千代殿の側付きたちが、さっさと室内に入れと言いたげにこちらを見る。足を踏み入れたのは一朗太と下村まで。残りの者は廊下で待機のようだ。
素早く庭に面した障子が閉められ、冷えた風が遮られた。
「冷える故、皆も中に入れてやればよいではないか」
「今日はまだ暖かい方ですよ」
勝千代殿の童子らしい無邪気な指摘を、是か非かではなくさらりと流すのは整った容貌の若い武士だ。
一朗太は下座に腰を下ろし、おずおずと膝の前に拳をついた。
や、やっと会えたあ




