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冬嵐記  作者: 槐
外伝 一朗太記

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296/308

遠江 朝比奈領 囮の餌1

 雨がやみ、日が高くなってきたころ、一朗太は横田を連れて町を歩いていた。

 暢気に散歩をしているわけではない。

「……いますね」

 道すがら、露天の出店をのぞいていた一朗太は、さりげなくささやかれて小さく頷き返した。

 あの火事で無傷だと知れば、また襲ってくるかもしれないと囮になった。案の定、ぶらぶら歩いている後ろに尾行者がいる。

 そいつらを処理するだけでも良かったのだが、銭で雇われた者は始末したとしても次が来る。そうならないためにはやはり雇い主をなんとかするしかない。

 ただ追求するだけではしらを切られるだろうから、まずは手足をもぎ取り不安をあおる。要は、次を雇う気にならないようにすればいいのだ。そのうえで……御前様がいらっしゃらなければ処分一択なのだが、一度ご意向をお聞きした方がいいな。

 田所は朝比奈軍の足軽組頭と引き合わせてくれた。逆恨みされ、忍びに狙われていると告げると胡散臭げな顔をされたが、そいつらが火付けをしたと知ると険しい顔になった。

 その際、連中は京訛りの商人だと告げると急に乗り気になって、「どこの何という名だ」と食い気味に詰問された。

 やはり誰かを探しているのは確かなようだ。おそらく轟介は違うと思うが、あえてそれは教えなかった。

 朝比奈軍の一部と、田所たちと岡部勢、手助けを申し出てくれた天野勢とで、総勢五十を越えた。

これだけいれば、轟介が雇った忍びを排除することはできるだろう。

 あとは、囮に食いつくのを待つだけだ。

 一朗太は露天のひとつの前で足を止めた。

 筵の上に組まれた木の台に、細かな細工の根付がいくつかぶら下がっている。骨か角かで作られた、真っ白なかわいらしい意匠のものだ。

 そのうちのひとつが姉上の好きな百合の花だった。つるりと光沢がある表面で、なかなか出来がいい。

「店主。これはいくらだ?」

「へぇ、百文でさ」

 奈津が持つには安物だが、露天の売り物なので相応だろう。

 今は持ち合わせがないので、あとで買いに来るから取り置きしてと頼むと、店主は愛想よく笑って頷いた。

 ぐっと顔が近寄ってきて、むき出しの黄色い前歯が一本折れているのがやけに目につく。

「……ところで旦那、お連れ様のことはよろしいんで」

 ビクリ、と反応したのは横田だ。

 慌てて店主との間に分け入ろうとしてきたが、一朗太は手を上げて制した。

「わかるのか」

「そりゃあまあ」

 店主は「いひひ」とひっくり返った声で笑い、さっと口元を手で覆った。

「追加で二百文。追い払って差し上げますよ」

 囮なのだから、追い払われるのは困る。

「根付もあわせて五百文。連れの人数を把握したい」

 しばらく考えてからそう言うと、げじげじのような店主の眉がひょいッと上がった。驚いたような表情をして一朗太を見て、意外と長いまつげが数回上下する。

「若、このようなものを信じるのは」

 それはそうだ。横田のいうことはもっともだが、それで敵の数がはっきりするらな儲けものだ。

「銭は用意しておく。わかったら教えてくれ」

 一朗太はそう言い置いて、店主から身を引いた。


 それから半刻もしないうち。まだ囮として町中を歩いていた一朗太は、店主の姿を物陰に見つけた。

露店にいた時は曲がっていた背筋が、まっすぐ伸びている。意外と背が高そうだ。

 近づこうとしたが、横田に止められた。そうだな、敵に見られることを考えなくてはならない。

 ぶらりとよった体で茶屋に入り、餅田楽を注文した。出てきたのは雑穀餅と草餅を串に刺したものだ。炭火であぶられた小餅が膨らみ、味噌の香ばしい匂いを立てている。うまそうだ。

 一口ほおばり、まだ芯が熱くてハフハフとしていると、横田が不意に身構えた。

 落ち着け。相手はひとりだ。

 だが背後に座ったのは、予想していた露店の店主ではなかった。

 一朗太より少し年上に見える女だ。

「お連れさんは五人。そいつらのひとりが向かった先にいたのは十人ぐらい」

 振り返りたいのをこらえて、熱い焼き餅を飲み込む。

 現時点で十五人というなら、倍を見ておけば多すぎはしないだろう。いやそもそも現状で三十人も集めると目立ちすぎてしまうから、それ以下と思っていい。

 なんにせよ、うまく囮に食らいついてくれそうだ。餌になって歩き回った甲斐がある。

「父ちゃんが、銭はあとでもいいって」

 少女はそう囁いてから、持ち帰り用に包んでもらった焼き餅を受け取り、席を立った。

「根付はあとであたいが届けるから」

 パタパタと遠ざかっていく足音を聞きながら、一朗太は長く息を吐いた。

 あの店主に期待をしていたわけではないが、信じてもいい気がする。

「……どう思う」

「あとでもいいというのは、生き残ったらでいいということでしょうな」

 一朗太の問いかけに、横田が唸るような声で言う。

 そこまでうがった見方をしなくても、と隣を見ると、横田は険しい表情で少女の去った方向を睨んでいた。

「あれはサンカ衆です」

 はっと息を飲んだ。己の表情が硬くこわばるのがわかる。

 サンカ衆と言えば、長年岡部家を苦しめてきた野盗らだ。季節を問わずに城にちょっかいを掛けてきて、散々な目にあわされた。

 手に持ったままの串から、ぽたりと味噌が落ちる。

 一朗太はそれをじっと見降ろして、父らとともに雪の中から掘り出された、大勢のサンカ衆の男たちを思い出していた。

「信じてはなりませぬ」

 念を押すように言われて、皿の上に串を戻した。

 少し前なら、横田の意見に同意していただろう。いや、用心するべき奴らだとは思う。

 だが、すべての武士が信じるに足るわけではないように、サンカ衆にも色々いるはずだ。

「……だからこそ後払いでよいと言ったのだろう」

「若!」

「今の我らに、味方を選んでいる余裕はない」

 長年サンカ衆に悩まされてきた横田には、到底受け入れがたいのはわかる。

 それならそれでいい。

 嫌い合っていても、信頼がおけずとも、必ずしも殺し合う必要はない。

 サンカ衆がこちらを利用しようというのなら、こちらも奴らを利用してやればよいのだ。

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― 新着の感想 ―
サンガ衆が長年の簒奪対象であった岡部家に協力する理由は何ですかね。 万事が岡部家の奈津と一緒にいるからか 勝千代とサンガ衆との約定(今川家の領内で野盗活動をしない)を受けて、一朗太を手助けすることで間…
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