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冬嵐記  作者: 槐
外伝 一朗太記

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295/308

遠江 朝比奈領 宿場通り1-2

「……忍び?」

 横田の報告に顔をしかめた。

 一朗太にとって、噂に聞いたことがあるだけで実感のない者たちだ。

 だが、宿の前にいた男たちをつけた横田らは、そう間を置かずに撒かれたそうだ。その動きは武士のものでも、その辺の破落戸のものでもなく、忍びと考えるのが妥当だとの事。

 所詮は商人の子飼い、すぐにも片を付けられると思っていた。

 一朗太は、刀を握ったまままじまじと横田を見上げる。

 つまり奴らは、轟介の配下ではないということか? いや、商人なら銭を持っている。忍びを雇うこともあるのかもしれない。

「轟介とやらは、ただの番頭ではなく、日向屋の後継ぎかもしれませぬな」

 下村のその言葉に、一朗太は首を横に振った。

「だとしても。やられっぱなしでいるつもりはない」

「それはもちろんです」

 下村だけではなく、横田も他の皆も笑っている。

 この状況で何故笑うと顔をしかめても、少し強めに頷き返されるだけだ。

「いやぁ、若もご立派になられて」

 横田のしみじみとした呟きに、一朗太は急いで咳ばらいをした。

 天野勢が見ている前でやめてくれ。恥ずかしい。 

「考えたのですが、ここは朝比奈家の領地です。領内に破落戸のような真似をする忍びがいるのなら、対処するべきなのは彼らでしょう」

 下村は口元に手を置き、まだ笑みのにじんだ声色でそう言った。

「奴らが何人いるのかはわかりませぬが、朝比奈軍よりも多いとは思えませぬ。有象無象の対処は任せて、こちらは日向屋轟介に集中するべきです」

 朝比奈と聞いて思い出した。

「そういえば、書付にあった者たちの所在はわかったのか。まさか轟介ではなく、そいつらが忍びを寄越したということはないか」

 下村がはっとしたように息を飲んだ。そことは考えていなかったようだ。

 あの簀巻き男が奈津の命を狙っていたとしたら、その一味が一朗太に目をつける可能性はないだろうか。

 下村は少し考え込んでから、首を左右に振った。

「……いえ、そもそもこちらを狙ってくる理由がありませぬ。姫様は、何かを知っていると思われているのでしょう。若が姫様から伝え聞きしたとて、証人になれるわけではありませぬ」

 一朗太の脳裏に、奈津の青白い顔が浮かんだ。

 御前様はもちろん、あの子のことも守らなければならない。

「忍びならなおのこと、早急に対処せねばらなぬ。姉上の墓に参るときに邪魔をされたくない」

 静かに口を開き、そう言うと、周囲の大人たちは揃って頷いた。

 

 朝日が昇るころになって、朝比奈軍が宿場通りにやってきた。火元の宿屋を調べに来たのだ。

 相変わらずピリピリと気が立っている様子で、しきりに周囲の宿に聞き込みに行っている。

 さりげなく聞き出したところによると、誰かを探しているようだとか。

「誰か? 男か女か」

 下村が首を傾げてそう問うが、横田もよくわからない様子だ。

「なんでも京訛りの、身分ありげな者たちだそうで」

 京訛りか。そこで連想するのはやはり日向屋轟介だが、京商人であるあの男が朝比奈家と係わっているだろうか。轟介はあの通りの破落戸風なので、身分ありげでは当然ないし。

 半刻ほどして、周囲がすっかりと明るくなったころ、通りすべての建屋を改めると通達があった。燃えなかった宿も、小間物屋ら宿場通りに面している店もすべてだそうだ。

 残念ながら日向屋の商隊が宿を取っているのは隣町なので、京訛りだと教えてやっても何もならないだろう。

 その時、唐突に思い浮かんだのは、鶸の顔だ。

 京訛り。身分ありげに見えなくもない。……まさかな。

 いや、お屋敷にいる侍従らともなると、全員それに当てはまる。

 だがそんなはずはない。朝比奈家がこれほど大掛かりに、御前様にかかわる何者かを探すなど。

 むずむずと、もどかしさが込み上げてくる。

 手が届きそうなところに、重要ななにかがあるのにわからない。そんな感じだ。

 一朗太は、通りを闊歩する大勢の雑兵の様子をじっと見つめて、この先どうするべきかと思案した。

 まずは肝心の轟介がどこにいるかだ。商隊の宿にいるのか、別の場所か。

 ようやく夜が明けたところなので、これまでは調べようがなかったのだ。

「……若」

 一朗太と同じように、しばらく黙って考え込んでいた下村が、不意に声を上げた。

「朝比奈のご正室は御台様の姪御で、公家の姫君でした。今は兄君たちが補佐をしていると聞きます」

「朝比奈の兵が主家の正室を探すのか?」

 そんなまさか。一笑に付して否定しようとしたのだが、笑いにならなかった。

 もしかしなくても、事は想像している以上に大ごとなのかもしれない。

 何が起こっている?


「間抜けめ」

 かなり日が高くなって、朝比奈軍の宿改めがあらかた済んだ頃、小間物屋の軒先に現れたのは田所だ。

 開口一番、渋い表情でそう吐き捨てられて、首をすくめる。

 忠告されていたのに、用心を怠ったこちらに非がある。不寝番に宿全体を警戒させておけば、火付けに気づけたはずなのだ。

 だが幸いにも、この火災で死者は出なかった。怪我をしたものは何名かいるが、すぐ命に係わるほどの重傷ではない。冬の雨風にさらされて、高熱を出す者は他にもいそうだが。

「朝比奈軍は誰を探している?」

「さあな」

 一朗太がそう問うと、田所はもはや行儀よくする気もないようで、ガシガシと首の後ろを掻いた。チッチと何度も舌打ちまでしている。

「日向屋轟介が忍びをやとって火をつけた。この認識で間違いないか?」

「だから気をつけろと言っただろう」

 忍びの話は聞いていない。だが、すべての情報を交換するような仲でもない。

 一朗太は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「排除したい」

 端的にそう言うと、田所はギロリとこちらを睨み据え、ことさらにゆっくりと、噛んで含めるように言葉を紡いだ。

「日向屋は、お屋敷出入りの商人だ。排除するのは御前様の意に添わぬ」

 だが、門兵は轟介を出入り禁止にしていた。……ああそうか。田所が手を回したのか。

 一朗太は改めて、浅黒い田所の顔をまじまじと見た。

 横柄で油断ならない男という印象だったが、福島家とのかかわりを思えば当然だ。状況をわざわざ説明しにきてくれるあたり、存外面倒見の良い奴なのかもしれない。

 もちろん、ただ単に利害が一致しただけというのもあるのだろうが。

「忍びがうろついているのは目障りだ。そうだろう?」

 一朗太がそう言うと、田所は目つきを厳しくしながら睨んできた。

 怯みそうになる気持ちを堪え、その場に踏ん張ることが出来たのは、家臣の多くが黙って後ろに控えていてくれたからだ。

 そうだ。引くわけにはいかない。

 火の粉を払うぐらいできずにどうする。

複雑なことが進行しているわけではないのです。

ですが、まったく情報がない一朗太にとっては、断片的なことだけがテーブルの上に乱雑に置かれている状況で、どれがどれと関連づいているのか全く分かっていません。


①岡部姉妹をさらった人買いと、それにかかわっている者たち

②日向屋轟介の逆恨み

③朝比奈家を専横しいた者たち

④福島家関係


とりあえず今はこんな感じ

それぞれが微妙に重なっていることもあり、より状況は複雑に見えます

一朗太が対処するべきなのは上ふたつで、今は②をなんとかしようとしていますが、他の要素も絡んできています

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― 新着の感想 ―
意外に兄貴肌の田所弟。 個人的に田所弟の好感度が上昇中(笑) 火付の犯人の狙いが一郎太少年なのか、小四郎さんなのか。 宿を見ていた忍びと思われる集団が何なのか、そもそも火付の犯人は忍びなのか?謎が深ま…
タイムラインがいまいちよくわからなくなってるんだけど、朝比奈軍が探しているのは(表向き逃げたことになった)正室&兄弟ですかね?
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