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冬嵐記  作者: 槐
外伝 一朗太記

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282/308

遠江 朝比奈領 宿屋2

 酔っ払いどもは、訛りから予想した通り京からきた商人たちだった。しかも、御前様のお屋敷と取引があるらしい。

 ザラリと砂を噛んだような、よくない感じがした。

 京商人が公家の屋敷に出入りしているのはわかる。だが、どうして勝千代殿の悪い噂を広めるのだ?

 京の出といえば……今川館にいるとある御方の存在が脳裏をよぎった。御屋形様の庶子の存在が面白くないとか?

 一朗太は慌ててその考えを振り払った。勝千代殿は側室腹な上に、既に外に養子に出された御子だ。龍王丸君の競争相手には成り得ないはずだ。

 そもそも、当代の今川家ご当主には子が多い。勝千代殿に敵意を向けるよりも、いまなお今川館にいる男子のほうを排除するのが先だろう。

「若。起きておられますか」

 横田が宿に戻ってきて、部屋の入口のところで膝を折った。

 時刻は既に深夜。身体も心も疲れていたが、目がさえて眠れずにいた。

 狭い部屋に複数人寝泊まりするので、すでに熟睡している者の鼾が聞こえる。

 彼らを起こさないように部屋を出て、厠のある方角へ進む。

 天野勢の寝泊まりしている部屋の前には、刀を抱えた宿直の護衛がいた。すれ違いながら目礼され、こちらからも目礼を返す。

 天野殿は有能だし、その嫡男である小四郎殿は快活な質だ。一見安定していて問題ない家門に見えるのに、この様子だと天野家にも複雑なものがあるのだろう。

 小四郎殿には随分と迷惑をかけているから、いずれ何かの折にでも、借りを返さなければなるまい……。

 そんなことを考えながら廊下を進み、厠特有の臭いがする場所まで来る。

「忍びが複数動いているようです」

 さて報告を聞こうと、坪庭に面した縁側に座ったところで、予想もしなかったことを言われた。

 もちろん、そういった存在が実在するのは知っていたが、身近で見たことがない。いやいたのかもしれないが、聞いたことはない。

 横田がそう判断した理由を聞いてみると、例の京商人を探る者が複数いたからだそうだ。それで忍びと思うのは尚早すぎる気もするが。

 その者たちの身なりは武士ではなく、武器を隠し持った密偵風だったそうだ。

 横田曰く、一朗太が想像している以上にその手の者はどこにでもいて、隠語で「草」と呼ばれているらしい。

 あるいは例の飯屋の店主が、長年その地に身を潜めていた草だとしてもおかしくないとまで言われて、ぞっとした。

 小四郎殿の側付きたちが、飯屋に向かう前に毎回先回りして何かをしているのも、毒などを盛られないように見張るためなのだろう。

 なるほど、極端な話、例えばこの部屋を担当している宿の女中が忍びの草である可能性もあり、白湯や食事に毒を潜ませ、旅人を病死にみせて葬ることも不可能ではないということだ。

 この世は、一朗太が想像していた以上に恐ろしいところのようだ。

「……忍びの者はあの京商人を調べているのだろう? 噂をばらまいているのとは別口か?」

「どこから出た噂か調べようとしているのかもしれません」

「そもそも、まだ幼い勝千代殿の噂を流す理由は?」

「さあ。評判を落としたかったのは確かですね」

 勝千代殿は嫡男なのだが実子ではない。それを不満に思う者がいるのはわからなくはない。だが、そんな奴らに京商人をつかって噂をばらまくほどの力があるだろうか。

「福島様のご側室のひとりが商家の出だそうですよ。そのあたりからの噂かもしれません」

 あり得るとは思うが、本当にそうだろうか。

 どうもしっくりこない。

「まあこんなところですかね。戻りましょう。今夜は冷えます」

 真っ暗闇の屋外を見つめながら考え込んでいた一朗太は、そう促されて初めて、自身の身体が冷え切っていることに気づいた。

「……そうだな」

 冷たい風が袖口から吹き込んできて、慌てて脇を締める。

 雪山よりも逆に寒い気がするのは気のせいだろうか。

 ぶるりと身震いしながら立ち上がろうとして、後ろを振り向いた瞬間、違和感を覚えた。

 暗くてよくわからないが、横田の顔が別のところを凝視していたからだ。

「横田?」

 返答より先に、突き飛ばされた。正確には、横田は一朗太を守るために前に出ようとしたのだ。

 そのために一朗太は縁側から転がり落ち、手水鉢の縁に腕をぶつけてしまった。

「……っ」

 こういう場合、声を上げてはいけない。

 強い痛みに奥歯を食いしばり、敵に背だけは向けるまいと身構える。

 だがしかし、闇の中に立ち尽くす人影は、何故かまったく動かなかった。

 どこの誰か、どのような身なりをしているのかもわからない。かろうじて見て取れるのは、大柄な男ではない、ということだけだ。

 忍びか? これが忍びの者なのか?

「……若、立てますか」

 横田の小声の問いかけに、黙って腰を浮かせて少し下がる。

 じりじりと素足が地面をする音が、妙に大きく響いた。

「何者だ」

 横田が警戒しながら尋ねる。普段の大らかさとはほど遠い険しい声だ。

「名乗れ」

 相手はやはり、一言も発しなかった。それどころか、身動きをする様子もない。

 あまりにも動かないので、まさか案山子でも置かれているのかと訝ったぐらいだ。

 感覚的にはかなりの間が空いてから、横田が用心深く刀の鯉口を切った。その小さな音が聞こえた直後、ようやくすっと人影の腕が動いた。

 いよいよ来るかと、一朗太もすぐに動けるように身構えたのだが……。

 はらり、と白い何かが落ちた。

 暗がりでは、それが広げた懐紙ほどの大きさだということしかわからなかった。

 それはふわりとこちらに近づいてきて、一朗太の真横にある手水鉢にぶつかって落ちた。

 無意識のうちに、それが地面に落ちるまでを目で追っていた一朗太だが、はっと我に返って人影に目を戻した。

 だがしかし、その時にはすでに、闇の中にいた人影は姿を消していた。

田所兄弟の名前って決めてたっけ?

今更設定を調べようとする作者がいるw

見つからない、これは問題だ(白目

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
春雷記 53-5 より 「弟の方は又八郎というのだが、兄はこの男と同じ弥七郎だ。」 とあるので、弥七郎(兄)、又八郎(弟)です。 4巻予約してます。 もうすぐ発売ですね。とても楽しみです。
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