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冬嵐記  作者: 槐
第八章

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41-9

 それからのことを少し話しておく。

 奥平が連れて行った曳馬城主飯尾殿は、今川館でいったん報告という名の言い訳を並べたてた翌日、寝間で冷たくなっていたそうだ。

 表向きは病死とされたが、殺されたのだろう。

 叔父は間に合わなかった形だが、幸いにも遠江衆にお咎めはなかった。

 何故か奥平が口を閉ざし、不利になるようなことは何も言わずにいたからだ。

 飯尾の息子のほうも、長く苦しんだ末に身まかった。この時代の医療技術では、感染症は厄介な敵だ。

 対して、大林源助改め勘助は生き延びた。

 Gがつく黒光りする虫並みの生命力だ。誰もよりもひどい負傷だったのに、そのすべてをあの精神力で乗り切った。

 そして現在どうしているかというと……いまだに処刑されずに生きている。

 殺されない理由はいくつかあって、その小出しにしてくる重要情報と、志郎衛門叔父が感心するほどの知識量の為だ。周辺諸国の裏事情を、やけに詳しく知っているのだそうだ。

 周囲の意見も二分、いや三分の二以上は処刑するべきだと考えている。

 だが殺すことはいつでもできると、叔父はそれらを退けた。


 曳馬城にはそのまま興津が留め置かれることになった。

 国人衆との仲が良好なこと、あとはおそらく、勝千代との関係性も考慮されたのだと思う。

 それらは御屋形様の御差配だ。

 最近は体調がかなり良いらしく、志郎衛門叔父によると、軍事だけではなく今川館の内々の事にも手を回す余裕が出てきたそうだ。

 勝千代が延々刺客に狙われ続けていることに対して、激怒なさったというのもこちらには安心できる要素だ。

 御屋形様が目を光らせているうちは、好き勝手には動きにくいだろう。


 更に一番良い知らせは、父が甲斐戦線から引き上げてくるというものだ。

 後に段蔵から聞いたのだが、三河侵攻の話を聞いたとき、見ている方が震え上がるほどに冷静だったそうだ。

 しかしその日のうちに駿府へ帰還の願いを出し、交代の要員が決まるまでということで、約一か月後の退陣が許可された。

 たぶん、父の冷静さがあらゆる意味で怖かったのだと思う。


 そして勝千代はその間、難敵と向き合わなければならなかった。

 おおよそ半月ほども、高熱で寝込んでしまったのだ。

 おそらく肺炎に近い状態だったのではないかと思う。

 高天神城に戻った瞬間に意識を失くし、その後数日の記憶がない。

 目が覚めた時、側付きの多くが涙ぐみ、弥太郎でさえ安堵の表情を隠さなかった。

 たった数日でごっそり落ちてしまった体力と、重湯でさえ満足に飲み込めない覚えのある状況に、本当に危うかったのだと冷や汗をかいた。

 その後も熱が上がったり下がったりを繰り返し、ようやく床上げが叶うまで半月だ。

 これは本格的に、体質改善体力増強の手立てを考えなくてはなるまい。


「かなりやつれはったなぁ」

 面と向かって遠慮なくそういうのは東雲だ。

 彼の方は完全に復調したようで、顔色も悪くはない。

「ええ……厳しかったです」

 すでに熱を出すことはないが、まだ体力は完全に戻っていない。

 勝千代が苦笑しながらそう答えると、公家二人組はそろって気づかわしげな顔をした。

 東雲は京に戻るよう親から言われたそうで、出立する前の挨拶に来てくれた。

 その隣に鎮座している寒月様は、しばらくこの地、土方に滞在されるそうだ。

 事前に聞いていた叔父が、土方の町にあった福島家の屋敷を京風の内装にしつらえなおし、なんとか寒月様がお住まいになる体裁は整っている。


 三河の侵攻が完全に終わったと判断され、国人領主たちもそれぞれの領地へ引き上げてから、ふたりは早々に土方に引っ越してきていた。

 これまで勝千代に会わずにいたのは、床上げが済むまではと見舞いを断っていたからだ。

 肺炎やインフルエンザなら、移してしまう可能性がある。

 まだ熱がぶり返す可能性もゼロではなかったが、明日にも東雲が立たねばならないと聞いたので、渋る周囲を説き伏せ、こうやって面会の席を設けた。

 勝千代にとっても久々の直垂、正装である。


「一度京へ参らぬかと誘いたかったのやが」

 京か。思い浮かべるのは、かつての古都京都だ。研修で何度も訪れた地でもある。

「大変興味深いですし、本心行きたいですが、今は体調面でちょっと難しいですね」

「ならば夏前にでも来はったらええ」

「京の夏は暑そうです」

「それはそうや」

 東雲が上品に扇子で口元を隠して笑う。

「東雲の父御は高名な書家や。勉強になるやろ」

「是非お伺いさせていただきます」

 寒月様の低い声に、間髪入れずそう答えると、公家二人組はふっふとまた笑った。


 血なまぐさくもなく、殺伐ともしていない、未来の約束。

 明るい気持ちになるはずなのに、心の片隅にはまだ曳馬城の戦場の記憶がこびりついている。

 彼らは公家。勝千代は武家だ。

 今はこうして同じ場所に座っていても、見ている景色が違う。立場が違う。負うべき使命も違う。

 勝千代は福島正成の嫡男。武家の当主になるべく生まれた。

 父のように強く、たくましく、皆を守れるようにならねばならない。

 そう、この手は血にまみれる運命なのだ。

次話で冬が終わります。

長々とお付き合いくださいましたこと、感謝いたします。


しばらくの間は幕間として、他者視点を書いていきます。

一話完結予定。短め、単発でいきます。

できれば時系列順に更新していきたいので、初期の頃からの「ここぞ」というポイントなどございましたら、感想欄からリクエストどうぞ。

十話程度を予定しています。

幕間第一話は段蔵と勝千代のファーストコンタクトです。


その後は春のお話の連載を開始していきます。

打って変わって血の匂いの薄い、平和な雰囲気で始まりますが、陰謀の手は引き続き張り巡らされています。

解決されていない問題が、ようやく日の目を見る感じ。

味方も増えましたが、敵も増えます。

京都、伊勢、北条家、今川館などを舞台にする予定。


勝千代、8歳の春からスタートです。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冬の終わり。無事に?冬を越えられそうで、本当によかったです。 勝千代君にとっては、まさしく三冬つく、といった感じでしょうか。 お父さんも何気に死亡フラグ(没年説1つ目)を回避できたようでよ…
[一言] こんばんは~ 頑張っていらっしゃいますねぇ この企画は、見方を変えると、しっかり読んでいるかどうかへの「読者への挑戦」 ごめんね フワフワと読んでいる私には、とても無理で ・今日は、…
[良い点] よくドラマになる時代の少し前の時代のお話なので、新鮮に感じて楽しく読んでいます。 [一言] 万事の話をリクエストしたいです。 サンカ衆から勝千代君についてきて寒月様の所に置いていかれ、今度…
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