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「どうも」
挨拶にしては軽い言葉でそう言って、形式上だけは礼を尽くした挨拶をする。
田所は相変わらず白っぽい色を好んでいて、東雲ほど真っ白とは言わないが、全身がグレー系の直垂姿だった。
「いやぁ、お久しぶりです」
もの凄く失礼に見える、つまり慇懃無礼極まりない仕草で興津に頭を下げた。
立ち会った興津配下たちがざわりと殺気立つ。
だが勝千代に対する遠慮があるのだろう、渋い顔をするだけで騒ぎ立てたりはしない。躾が行き届いた連中だ。
それに比べて……
「田所」
勝千代が窘める口調でそう言っても、肩をすくめるだけだ。
ここまで失礼な奴だっただろうかと難しい顔で叱責しようとすると、「ふう」とあきれたようなため息をつかれた。
「せっかくの証人が瀕死だそうで」
ああ、怒っているのか。
どうやら田所は、尋問相手の大林が明日をも知れぬ容体だということに腹を立てているようだ。
だからといって、態度が悪い。
田所は江坂の家人なので、大きくとらえれば福島家全体の総意だと取られかねない。
「……いい加減にしろ」
勝千代がぴしりと扇子を掌にたたきつけた。
「このままとんぼ返りで駿府に戻り、叔父上への言い訳を考えるか?」
「大変失礼いたしました」
言い終わらないうちに被せてきやがった。
なんにせよ無礼なヤツだと皆が思っている中、打って変わってにこやかに、胡散臭いほどにこやかに笑って頭を下げた。
「出迎えていただきありがたく存じます」
たった数秒で扱いにくさを知らしめたエノキ男は、ひょろりとした身体を折り曲げるようにして深々と頭を下げた。
地下牢から板間の部屋に移された大林は、深く首を切られ、呼吸すら苦しそうな状態だった。
ひゅうひゅうと気管から息が漏れるような音と、ごろごろと痰が絡んだような、素人が聞いてもまずいとわかる呼吸音を発している。
口元から血が混じった泡がとめどなくあふれているのが、少し離れた位置からでも見て取れた。
どう見ても話ができる容体ではない。
それなのに田所は、おもむろに伸ばした手で大林の鼻を摘み、「起きよ」と容赦なく意識を呼び戻そうとした。
無理ではないか、と誰もが思っただろう。
勝千代は、無体な真似だと感じた。
大林からの情報は確かに重要だが、瀕死の人間に乱暴なことをしても死ぬ時間を早めるだけだ。
「大林源助と申しましたか、もとは駿河の出ですね」
意識が戻らない大林に鼻を鳴らした田所は、手桶で指先を洗いながら事前に調べてきたらしい大林の素性を明かした。
「そうなのか?」
「庵原家の吉野という男の四男だそうで」
つまり男子が多く生まれたので、他所に養子に出したという事だろうか。
「では御屋形様の三河遠征の際に縁を結んだのだろう」
興津はそう言いながら、ひゅうひゅうゴロゴロと喉を鳴らしている男を冷徹な目で見下ろす。
「庵原の縁者が今川に仇なすとは」
「意識が戻るのを待つ間はありませんね。勝千代様、御目を閉じていなさると良い」
もちろん、そんな情けない様を晒すつもりはなかった。
しっかりと目を見開いて、大林が苦悶の声を上げるのを見ていた。
「起きたな」
至近距離で視線を合わせ、にぃと笑う。
びくびくと痙攣している大林の顔を覗き込む田所は、さながら白い死神のようだった。
「話せはせぬだろうから、瞬きで応えるがいい。まずはそなたの年から聞こうか」
本格的な尋問が始まり、興津がそっと勝千代の肩を押した。
「ここから先は長い。本職に任せましょう」
最後まで見届けるつもりでいたが、無意識に息を詰めていたらしい。
はっと息を吐き出し、きゅっと唇を引き締める。
「さあ」と促され、苦痛の声が響き渡る部屋を後にした。
「田所の腕は確かですよ」
黙っている勝千代を気遣うように、興津が話しかけてくる。
「必ずなにがしか聞き出すでしょう」
勝千代はしばらく黙って階段を上り、真冬の冷たい、血の匂いの混じっていない空気を思いっきり吸い込んだ。
「痛めつけて口を割るような男とは思えません」
「ああいえ、あれは拷問ではなく」
「いえ、田所の方法を否定しているわけではないのです」
プロならば、素人よりは容易に尋問相手の気質ぐらい把握するだろう。
「考えていました」
あの男から色々と引き出すには、時間がかかるだろう。
少なくとも、痛みに負けて吐露するようなことはないと思う。
必要なのは、時間。
大林が生きながらえ、十分な情報を吐き出す時間だ。
その間にまた命を狙われるようなことは、避けねばならない。
「大林には死んでもらいましょう」
「……はあ」
もちろん、対外的にという意味だ。
「似た風貌の死体を手に入れることはできますか?」
興津の目が大きく見開かれ、小柄な勝千代をまじまじと見下ろした。




