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冬嵐記  作者: 槐
第八章

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41-3

 勝千代の帰還は明後日に決まった。

 双子の叔父が戦後処理を一通り終え、帰還するのに合わせてだ。

 福島勢はそれほど重傷者が多くなく、個人で戻るなら半日と掛からぬ距離なので、動けぬものはその後も曳馬城で療養を続け、動ける者は長居せず戻ることになったのだ。

 三河側から攻め込まれる恐れが極めて低い、と判断されたのが第一の理由だ。

 攻め込まれないのであれば、この数の兵を食わせていく兵糧の無駄になる。


 ちなみに今回の事を志郎衛門叔父に相談したところ、案の定勝千代だけで会うのにはいい顔はされなかった。

 だが、だからこそ相手の本音が聞けるはずだ。

 志郎衛門叔父の出立の時刻が迫っていたので、協議している時間はなく、叔父は隣の部屋で身を潜めて立ち会うことになった。

 急に二人を連れてくるようにと頼み、井伊殿には悪いことをした。

 いいように使っているつもりはないのだが、彦次郎殿には物凄い嫌な顔をされてしまった。


 こちらの人員は最小限に抑えた。勝千代、井伊殿、それから勝千代の側付きのうち二人だ。

 谷ら護衛組は志郎衛門叔父とともに、隣室で控えている。

 井伊殿が二人を連れてくる前に、どこからか話を聞きつけてきた興津が乱入してきたので、志郎衛門叔父の隣に席を用意した。

 聞いているのは構わないが、できるだけ口は挟まないでいてくれとお願いしている。


 今回話したいことは大きく二つある。

 あくまでも勝千代個人からのものなので、強制力はないし、おそらくは期待しているであろう御子息の釈放などについての権限は勝千代にはない。

 ただこの受け答え如何によって、遠江における両家の立ち位置がはっきりする。

 つまり、勝千代の敵に回るのか否か。

 お子様相手だからこそ、本心を吐露してくれることを願う。


「連行してまいりましたぞ」

 連行って。

 一応は同格の国人領主のはずなのに、すっかりポジションは井伊殿が上だな。

 勝千代は意図的に上座で待っていた。

 井伊殿には何も伝えずにいたが、咎め立てすることなく下座筆頭の位置に座を占め、入り口のところで立ち尽くしている両氏に目を向ける。

 部屋に入ってきた瞬間、下座に座るよう示唆されていることを強く意識したのだろう。原も久野もこわばった顔をしていて、ついでに言えば彦次郎殿も切りかかってきそうな顔で勝千代を睨んでくる。

「何をしておる、入られよ。……彦次郎は下がりなさい」

 三人ともに渋々と、納得しかねる表情で動いた。

 彦次郎殿は毎度のことだが、両氏のほうも、彼らが勝千代をどういう立場と考えているのかよく理解できる表情だった。


 場をしつらえたのは、勝千代の居室だ。

 興津に知られてしまうのであれば、例の梅の木が見える大広間でもよかったのだが、一応ここももとは城主の居室らしいので、客人を招いても失礼に当たらない広さと格はある。

 両氏は下座に並んで座り、苦情を言いたそうな顔をしていたが、井伊殿がいるので何も言えずにいる。

 原の顔は興津に殴られたあざが最も痛々しく出ている時期で、赤黒く内出血した跡が頬と目元に大きく広がっていた。

 細身の久野も、最前列で戦ったのだろうか、顔面に刃物のものと思われる切り傷がまだ真新しい色をして残っている。

 二人とも、きっちり先鋒としての仕事をこなしたようだ。


 渋々と……本当に渋々と、彦次郎殿が下がり、部屋を出ていく。

 志郎衛門叔父の出立の時刻が迫っていなければ、両氏まとめてではなくひとりづつと面会するつもりだった。

 仲間がいる状態では精神的に安定してしまい、本音が引き出せない可能性がある。

 故にあえての圧迫面接風だ。


「……どのようなお話でござろうか」

 沈黙に耐え兼ねて、真っ先に口を開いたのは青タン原だ。

「重要な話がある故にと呼ばれてきたのだが」

 二人はちらちらと井伊殿を見るが、視線で請われても井伊殿は何も知らない。ひょいと肩をすくめて、勝千代の方に視線を向ける。

 三人の大人たちの凝視を受けて、勝千代は弄っていた扇子をパチリと閉じた。

「私を殺した後、父には何と申し開きをするつもりでしたか」

 あえて、福島の父とも御屋形様とも言わずに尋ねた。

 勝千代にとって父とは福島正成ただひとりだが、多くの人がこの顔立ちを見て御屋形様を連想するのはわかっている。


「……いや、叔父御に申し上げたが、ものの種に貰っただけで」

「そう、拙息らが手癖の悪い事をしてしまい申したが、若い好奇心故に……」

「ああ、そういうのはいいのです」

 尋問にはもう慣れたものなのだろう。すらすらと申し開きを始めた二人の言葉を、勝千代は遮る。

「たとえそのことが真であったとしても、興津殿はその毒を酒に盛られ、私もあやうく振りかけられる? 吸い込むところでした。曳馬城で井戸に投げ込まれたのと同じ希少毒です。無関係を通すのは苦しいですね」

「いや、ですから」

 叔父の尋問を乗り切ったのだから、幼い勝千代などいくらでも言いくるめられると思ったのだろう。

 うんざりした表情を隠しもせず、悪意はなかったで通そうとする二人だが、勝千代が再びパチリと扇子を鳴らすと、はっとしたように言葉を止めた。


「どなたを頼みにしているのか、おおよそわかっています」

 数秒間をおいてからふっと笑うと、ふたりの男の顔にほんのわずかだが動揺の色が浮かんだ。

「その方はあなた方を助けてくれると思いますか?」

 子供が何を言うと思っているのだろう、久野がこれ見よがしに呆れの表情を浮かべ、わざとらしく井伊殿を見る。

 もちろん井伊殿は貝のように口をつぐんでいる。今回は単なる立ち合い人だからだ。

「今回の三河侵攻には、今川家の者がかかわっています。どうやら敵方と内通し、あえて攻め込ませたようです」

「……はっ?」

「作戦といえば聞こえがいいですが、要はあなた方の勢力を弱めたかったのだと思いますよ」

 ついでにいえば、邪魔な勝千代を処分したかったというのもあるだろうし、松平にしてみても、東三河の勢力を削ぐ事が目的だったのだが……その話はしないでおく。

 初耳だったのか、あっけにとられた顔でこちらを見ていた原と久野は、言われた言葉の意味をようやく理解できたのか、じわじわとその顔面から血の気が引いていった。

 ……この程度で青ざめられても困るんだけど。


「はっきり言わせていただくと、あなた方の立場は非情に危うい」

 パチリ、と扇子を開いて閉じる。

「手を打たねば、口をふさがれると思われた方がいい」

 ふと、やせ細ってもなお美しい面差しをしていた、志乃殿の顔を思い出す。

 刺客が襲い掛かって来たとき、勝千代を守ろうとしてくれた。恐ろしかっただろうに。

「岡部殿とそのご家族がどうなったかご存知か?」

「岡部……?」

「岡部二郎殿は負傷により家督を御嫡男に譲られました。今川館に出仕していた御次男は横死。御長女も刺客によって命を奪われています」

 情報を得る手段が限られているこの時代、岡部家が見舞われたあんなに酷い災禍でさえ、広く伝わるところまではいっていない。

 こちらは井伊殿の耳にも初めてだったようで、信じがたい話を聞いたとでも言いたげに目を見開いている。

「口封じをされたのだと思いますよ」

 勝千代はそう言って、扇子を口元まで持って行き、ふうとため息をついた。

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