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冬嵐記  作者: 槐
第八章

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40-4

 ネタ元は大林についていた壮年の従者だという。

 養子である大林は随分と肩身が狭い思いをしてきて、今回曳馬を落としたのも断り切れずほぼ無理やりだったという。

 気が乗らない状態であのやり口というのも大概だが、折角縁あって養子にしたらしいのに、実の子が生まれて以来ずっと激戦区ばかりに追いやられているのだそうだ。

 義父母は大林に死んでほしいのか、手段を問わないあの思い切りを見込んでいるのか。

 まあおそらく後者ではないだろう。

 可愛い実の我が子に比べると、毒をもって城を落とすような陰湿な男は邪魔だろう。……あくまでも想像だけど。


 事情は理解できなくもない。

 だが、どんな理由があるにせよ、無差別に毒を盛るなどあり得ない。

 たまたま城に遊びに来ていた子供や、非戦闘員の女中まで死んだのだ。その命の対価は贖ってもらわなければ。

 助命はあり得ないが、有益な告発してくれるというのであれば、証人としてその間生かしておいてやろう。

 興津の出した結論に、勝千代にも異存はない。


「それで、何を揉めているんだ?」

 依然としてずっと口論している声が聞こえてくる。

 とはいえ、激高しているのは井伊殿で、興津は宥めるような口調だが。

 時折聞こえるバタンバタンという音はなんだ? 相撲でもしているのか?

「井伊様は、勝千代様への今川館の取り扱いにご不満なようです」

「……何故?」

 小首をかしげながらそう問うと、思いっきり太く溜息をつかれた。

「井伊様だけではなく、多くがそう思うておりますよ」

 視界の端で、南らの影が大きく首を頷かせているのが見える。

 なんだか気恥ずかしくなって視線を泳がせ、小声で「そうか」とつぶやく。


 物心つく前の幼いうちから、ひどい扱いを受けて育った。

 それは父の側室桂殿と兵庫介叔父とが結託して行ってきたものだが、今思えば不自然な点は多々ある。

 御屋形様の血を引く勝千代に、一介の側室如きが手を上げようと思うだろうか。

 腹立たしい思いは理解できる。実子である己の子のほうが嫡男に相応しいと思うのも無理はない。

 だがそれは、今川当主の子を虐待するほどの憎悪だろうか。事が露見した時にどうなるか、考えなかったとも思えない。

 つまり、後ろ盾がいたのではないか。最悪の場合、庇ってくれるという約束でもあったのではないか。

 現に兵庫介叔父は何らお咎めないままに、今川館の孫の側でのうのうとしている。

 想像がよからぬ方向に向く。

 なにもかも、そもそもの最初から、何者かの手によって踊らされているような。


 そんな、右も左も敵なのではないかと、疑いたいわけではないがうがった目で見てしまう勝千代だが、確かに味方もいる。親身になってくれる者たちがいる。それはものすごく恵まれた事だ。

 大林はどうだったのだろう。

 養子に出されたのは同じだ。実子が生まれるまでは大切にされていたのだろうか。

 ……いや、たとえどんな生い立ちであったにせよ、それは惨劇を生む理由にはならない。

 どういう事情があろうとも、どれほど同情するべき状況であろうとも。


「お召し替えなさいますか?」

 弥太郎ではなく、南でもなく、三浦の声がそう言った。

 井伊殿たちがあまりにも騒がしいので、起き出してきたのだろう。

 外出先でそのまま泊りになると、勝千代は大抵個室を与えられるが、臣従する側付きたちは近くの部屋で雑魚寝することになる。

 夜通し宿直が寝ずの番をしているが、雑魚寝組のほうも、何かが起こったら即座に対応できるように、身だしなみも大きく崩さない。

 白い小袖の寝着でくつろいでいるのが申し訳ないぐらいだ。


 ふっと頼りないほどの明かりがともり、それでようやく三浦がいつものように着替えをかかげもっていることに気づいた。

 この時代の人間はきっと、ものすごく夜目が利くのだ。

 灯明の小さな光源では、勝千代の目にはほとんど暗闇も同然で、小物の類などどこにあるかもわからない。

「お色味は……」

「いつもので」

 この暗さで色などわかるはずもない。いやそもそも、色合わせを気にする刻限でもない。


 

 部屋着の上にコートを羽織ってマスクをしたら、すぐに出かけることができる……そんなお手軽さが懐かしい。

 勝千代が支度を終えて部屋を出たのは、おそらく十五分ほど後。すでに諍いは下火になっていた。

 それでも井伊殿の声だけはまだはっきり聞こえていて、聞いたことのない訛り度合いの罵り声がずっと続いている。

「いったい何の騒ぎですか?」

 その声のおかげで迷うことなくたどり着いたのは、煌々と篝火がともされた中庭と、それを肴に飲んでいたらしい酔っ払いたちだった。

 勝ち戦だったとはいえ、まだ敵が潜んでいる可能性も捨てきれない。

 その状況で宴とは……う、うらやましいわけじゃないぞ。誘われなかったのを気にしているわけでもない。


「勝千代殿」

 勝千代の登場に気づき、手招いたのは、志郎衛門叔父だった。その頬は酒精でほのかに赤い。

 志郎衛門叔父の隣には、黙々と酒をあおっている双子もいる。

「そこにいては危のうございます」

 どういう意味だと問い返そうとしたその視線の先に、ひしゃくが勢いよく横切った。

 え? ひしゃく?

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