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冬嵐記  作者: 槐
第八章

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245/308

40-1

 改めて案内されたのは、曳馬城本丸の奥手にある平屋の屋敷だった。

 おそらく、通常であれば城主の家族が住んでいる区画だろう。

 そういえば、地下牢にとらわれているという曳馬城の生き残りたちはどうしているのだろう。

 今も高天神城で命の瀬戸際にいる飯尾の親兄弟は?

 城取りは終わっても、問題は山積みだな。

 そんな事を思いながら、案内されるままに建屋に入り、廊下を進む。


 曳馬城の内部の作りは、掛川城とはまったく趣が違った。京風を取り入れている今川館とも福島の屋敷とも違う。

 各建物が回廊でつながれているのではなく、まるで一つの建物のように融合して見え、廊下はしっかりと天井と壁で囲われている。

 日の差さない廊下は寒く、床板は冷たかった。

 確かに寒風は遮られているが、その分生臭い血の臭いが淀んだ空気のように漂っている。

 急遽水拭きされたのだろう、裸足で歩く床はまだ湿った感触がして、気持ちがいいものではない。


 だがしかし、暗い廊下を潜り抜けた先は、ぱっと日が差す明るく広い空間だった。

 思わず立ち止まり、眩い光に目を細める。

 ほんの少し前まで血で血を洗う攻城戦が行われていたとは到底思えない、血の色も、臭いもまったく感じられない、美しい庭園がそこにあった。


 ここから先が、真の奥なのだろう。

 庭園といっても、枯山水のような定型にはまったものではなく、曳馬の立地を利用した野性味のある風情だ。

 梅の花が懐かしい匂いを漂わせている。

 無意識のうちに探した視線の先に、見事な梅の木があった。

 馴染みのある太い枝を切り落とした剪定ではなく、伸ばし放題のこんもりとした姿で、枝一面にうっすらと赤く色づいて見えるのが小ぶりな花だ。

 いい匂いだ。

 無意識のうちに深呼吸すると、鼻の奥にこびりついていたドロリとしたものがどこかへ消えてくれるような気がする。


 促されて、さらに先へと進んだ。

 通されたのは、二十畳ほどの広めの畳敷きの部屋だ。

 興津がさっさと先に進んで部屋に入り、迷うことなく最上座をあけた真向かいの位置にあぐらををかいて座る。

 思わずため息がこぼれる。

「興津殿」

「さあ、お座り下され」

 晴れ晴れとした表情でそう言って指し示した上座には、小さな脇息が置かれていた

 勝千代がくつろげるようにと用意してくれたのだろうが……この位置は良くない。

「……総大将がなにをなさておいでか」

 井伊殿の御子息がぼそりと呟き、傍らの兄らしき青年に肘で小突かれている。

 勝千代も大いに同意したいところだが、何度言っても聞いてもらえないので、黙って小さな脇息の元まで歩いていき、それを抱えて興津の側に戻った。

 幼児サイズなので、重いものではない。かさばるものでもない。

 しかし、数秒掛けて取りに行って、えっちらおっちらとそれを抱えて戻って来たときには、周囲の大人たちの視線は何とも言えないものになっていた。

 幼児がお気に入りの玩具を取りに行ったように見えたのかもしれない。


 なんとか気を取り直して咳払いをして、興津との位置関係は大目に見て対等、上座下座的には若干の下座に座を定める。

 あまり露骨に下座に座ると、興津がさらに席を変えるだろうから、加減が大事だ。

「改めまして、福島勝千代です」

 興津の座る位置についてこれ以上揉めたくなかったので、所在無げな表情をしている朝比奈の大将に向って微笑みを向けた。

「朝比奈殿ですね」

「あ、はい」

 慌てた風に背筋を伸ばそうとして、突っ立っていると尚の事ある目線の違いに気づいたらしい、さっと興津の表情を伺ってから、その下座に腰を下ろす。

 ずるい。

 勝千代もそこがいいなと思ったが、志郎衛門叔父が何も言わずに勝千代の隣に座ってくれたので、部屋の中央で同格者たちが向かい合って座るという態が何とか整った。


「朝比奈弥三郎と申します」

 戸惑っている理由はもちろん、勝千代が四歳児だということだろう。

 普通この年頃の子供は戦場には出ない。

 厳密にいえば勝千代も戦に出たとは言えないが、幼い子供にこういう経験をさせるべきではないという意見には同意する。

「連日不躾な文をお送りしてしまい、御不快に感じておられないとよいのですが」

「いや! とんでもない」

 弥三郎殿は少々大げさなほどブンブンと顔を左右に振って、同時に右手もパタパタと振った。

「福島殿に教えていただけねば、あやうく自軍を飢えさせるところでした」

「それほどひどかったですか」

「ひどいなどと言うものでは……」

 深く溜息をつき、胃のあたりを何度も擦る。

 まだ空腹感があるのだろうか。いや、胃酸が出過ぎてかえって胃を痛めたのかもしれない。

 後で胃薬の差し入れでもしよう、と珍しく気をまわしたのは、朝比奈家の総大将というには、あまりにも人がよさそうな男に見えたからだ。


「牧野家の状況を教えてください」

「ええまあ。あまりにも厚顔無恥な物言いをされたもので」

 責めているわけではないのに、申し訳なさそうな表情で頭を掻く。

「兵糧をかすめ取っていたことを認めたのですね?」

「いや、うちとは話がついているとかそんな訳の分からない言い訳をしはじめて」

 つい、カッとなってしまったのだそうだ。

 だが、よくよく考えたら、殺してしまう前にその言い訳の内容をよく聞いておくのだったと、しょんぼりした口調で言う。

 

 なんだかとんでもない情報が飛び込んできたぞ。 

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
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― 新着の感想 ―
[良い点] わざわざ脇息を用意したということは興津としては私的な雑談アピールかな。パジャマパーティーには物騒な内容ですけどwまぁ運んでる姿がカワイイのでヨシ! [一言] 各話せめて章にタイトル付けてく…
[良い点] 椅子(下座)取りゲームみたいになって、代わる代わるえんえん移動し続けるお勝ちゃんと興津がちょっと見てみたいです。 くるくる回り続けるオルゴールの人形にできそう(笑) いざとなったら、叔父…
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