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冬嵐記  作者: 槐
第八章

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39-2

 深夜。

 ……といっても、この時代の深夜と言う事は夜も更けた刻限と言う意味で、おそらくまだ真夜中というほどではない。

 やはり時計がないのは不便だなと思いながら、勝千代は柿の木の側で人を待っていた。

 街灯のないこの時代、晴れた日はむしろ空の方が明るい。

 時代が移っても変わらぬ満天の星空を見上げながら、真っ白な息を吐く。

 夜空には雲ひとつない。

 ほぼ一週間ぶりの快晴は、このまましばらく続きそうだ。


「……いらっしゃいました」

 南がそういうので視線を地界に戻し、暗がりに目を凝らす。

 茂みの影以外何も見えない闇の中からぬっとあらわれたのは、興津だ。

 このような時刻に忍んでこずとも、もっと早い刻限に呼び出してくれれば直接話を聞きに行くのに。

 そう言いたかったが、思いのほか深刻そうなその表情を見て、余人には聞かせられない話なのだろうと察した。


「このような寒空の下でお待ちいただかずとも」

 丸々と着ぶくれした勝千代を見て、興津の元々たれ気味の眉が下がる。

「……息抜きがてらね」

「お話は部屋で。お身体が冷えます」

 何の話だろうと身構えるより先に、月明かりの下に浮かび上がる心配そうな中年男の表情に苦笑する。

 昼間、軍議の時には人が変わったように見えたが、やはり興津は興津だ。

「子供らの話か?」

 言いにくそうにしているので、てっきり少年たちの事だと思っていた。

 大人として扱い尋問すると言っていたから、よもや口に出しては言えないようなことになったのかと。

「いえ」

 だが興津は小さく首を振り、さりげなく周囲に視線を巡らせた。

 言おうか言うまいか迷っているというよりも、勝千代の側付きたちの耳すら気にしているように見えた。

 よほどの話らしい。

「わかった。部屋で聞こう」

 勝千代がそう言うと、安堵したように頷く。



 部屋に入ると、興津は迷わず下座を選んで座った。

 そして、まだ立ったままの勝千代に向って、露骨に臣下の態度で両手を前につく。

「興津」

 仮にもこの軍の総大将だ。たった四歳の子供に軽々しく頭を下げるものではない。

 そう言って諫めたかったのだが、頑なに頭を下げ続けているので諦めてため息をつく。


「それで、話というのは?」

 人払いをと願われて、渋る護衛や側付きたちを声が聞こえないところまで下がらせた。

 そこまでする重大な話とは一体何だろう。

「……思い出したことが」

 勝千代が首を傾けると、興津は言葉を選びながら話を続けた。

「腰がなえて立てなくなり、手が震えものも持てなくなり、舌がしびれ食事の味もわかりませぬ」

 チン毒で苦しんだ時の症状だろう。

 症状からいって、神経に作用する系の毒物だと思う。このぶんだと、大量に身体に入れると呼吸器か直接心臓のほうにダメージが来そうだ。

 想像するだけでも恐ろしい。

「……彦丸君の症状とよく似ています」

 よく生き延びたなと声をかける前に、興津の口から飛び出したのは、思いもよらない名前だった。

「兄上の?」

 勝千代の双子の兄は、生来病弱で、よく寝込んでいたらしい。

 誰も話したがらないので、実際にどういう最期だったのか聞かせてもらえていないが、興津はチン毒の症状に似ていると言っているのだ。

「毒殺ならばそうとわかるだろうし、父や叔父たちが黙ってはいまい」

「始終お側にいたわけではございませんし、最期の頃は長期で他の任務についておりましたので、詳細はわかりませぬ。ですが……」

 幼いころから度々寝込む兄の症状が、興津の身に現状で生じているものと酷似してるというのだ。

 つまり、死ぬ直前に毒を飲まされたわけではなく、長期間ずっと盛られ続けていたと?


「はっきりしたことはわかりませぬ。ですが、一度疑いを持てばなかなかなそれが頭からはなれませぬ」

 ここは駿府から離れた前線だ。現状調べようがない。

 いやそもそも、表だって調べる事すら憚られることだった。

「ご身辺には十分にお気をつけを」

 興津は真剣な表情でそう言って、再び頭を下げた。

 おそらくそれが、最も言いたかった言葉なのだろう。


「……どう思う」

 興津が去って、しばらくして、勝千代は誰もいないはずの所で問いかけた。

 すっと襖が開いて、控えていた者たちがひどく険しい表情で部屋に入ってくる。

 興津も気づいていただろうが、人払いをしたと言っても形だけで、逢坂老を含め勝千代の護衛と側付きたちは隣室のすぐに駆け付けることができるところで控えていたのだ。

「日ごろから青白いお顔をなさっていて、よく寝込むとはお聞きしておりましたが」

 逢坂老は言葉を交わしたことすらなく、兄について詳しいことは知らなかった。

 それは、他の側付きたちも同様だ。

「兄上にも側付きや護衛はいただろう。傅役もいたのではないか?」

 福島家の嫡男である勝千代にも、これだけの大勢が付き従っており、世話をしてくれている。

 御屋形様のご子息として育った兄ならば、更に大勢に傅かれ、守られていたと思うのだが……

 逢坂老を含め、皆が顔を見合わせるものの、誰もよく知らないらしい。く、しきりに不安そうに首をかしげている。

「いえ、長く臥せっておられるとしか」

 誰も、兄の側付きや護衛の事を知らないというのはおかしくないか?

 一度、しっかり調べたほうがいい気がする。

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福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >誰もよく知らないらしい。く、しきりに不安そうに首をかしげている。 誰もよく知らないらしく、しきりに不安そうに首をかしげている。 で合ってる?
[一言] 側付き共、お兄ちゃんの真相もいいけど早く冷えた勝千代に苦熱い薬湯を飲ませなさい。
[良い点] 最近読み始めて一気読みしました! 凄く面白くて先が気になります。 歴史系は不勉強で、最初は何者に転生したんだろう?と主人公と一緒に悩んでました。 [気になる点] そろそろ序盤からの敵が明ら…
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