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冬嵐記  作者: 槐
第八章

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238/308

38-9

 弥太郎が呼ばれてやってきて、お偉いさんの視線を浴びて居心地悪そうな表情を作った。

 絶対フリだろう。お前がそんな柄か。

 わざとらしく殊勝な表情で深々と礼をしてから、掌に隠れるほどの大きさの小さな細長い木細工を調べ始める。

 小首をかしげてしばらく弄っていたが、やがてそれをあける術を見つけて中身に鼻を近づけた。

「無臭」

 なるほど。臭いはないらしい。

 弥太郎が不審物を吟味するのを、これほどまじまじと観察したことはない。

 試薬などもなさそうなのにどうやって調べるのかと思えば、臭いを嗅いだ後は……おい。

 やおら小指の先に中のものを少量つけ、ぺろりとひと舐めしたのだ。

 大丈夫なのか?


 弥太郎はしばらく、味わうように口をもぐもぐさせていたが、再び首をかしげて、もう一度手の中の細工物を見下ろす。

「無味」

 ほほう、味もしないらしい。ということはヒ素かな?

「……ですがかすかに刺激が残りますね」

 ちょっと疑問なんだが、こんなテイスティングみたいな感じで毒物の特定ってできるものなのか?


「おそらく鴆毒でしょう」

 やがて弥太郎は確信をもって答えを出した。

 しかし聞いたことがない名前だ。なに? チン毒?

 トリカブトとかフグとかヒ素とかじゃないの? それともそういうものの別称か?

「大陸のほうからしか手に入らない希少なもののはずなのですが、最近よくお目にかかりますね。どうやって入手したのでしょう」

「待て」

 志郎衛門叔父が弥太郎を手を挙げて制す。

「もしかしてそれは先だって……」

 叔父の目がちらりと興津を見た。

「ええ。更には曳馬城の井戸に投げ込まれたのもコレです」

 弥太郎いわく。大変珍しく効果の強いものなので、解毒剤などが一般的に出回っておらず、この毒を知らない医師も多いだろうから、対処も難しいだろうとのこと。

 ……へぇぇぇぇ

 全部同じ毒だというのは、わかりやすいと捉えるべきか、雑だと言ってもいいものか。


「これを勝千代様に?」

 にこり、と弥太郎が笑顔で問う。

 ぶんぶんと首を左右に振る少年B。

 ちびっ子勝千代には上から出ても、本能的に弥太郎は怖いらしい。真っ青なうえに奥歯がガタガタ鳴っている。

「粉末だと身体には入りにくいですが、致死量が少量なので、ここに入っている分だけで十分にこの場にいる全員を殺せる量です」

 さっと警戒したのは、これまでぽかんと事の推移を見ていた、各国人領主の護衛たちだ。

「経皮でも粉を吸うだけでもかなり強く効果が出るでしょう。ほんのひとかけ、幼い勝千代さまなら一瞬かと」


 それを聞いて腰を浮かせたのは叔父たちだ。

 だが、すでに毒物は弥太郎の手の内にあり、扱いに長けた彼が下手を打つことはあるまい。

「……なるほど。ではその毒の入手経路を調べれば、曳馬を策略をもって落とした者がわかるということか」

 興津が毒を盛られたことを知らない井伊殿が、ものすごく険しい表情で原と少年Aの父親、久野とを睨んでいる。

「それとも、そのほうらが曳馬に三河を招き入れたのか」

「ち、違いますぞ!」

 慌てて身の潔白を訴えようとしたのだが、久野が床几を蹴って立ち上がろうとする前に、興津の護衛たちによって両腕が拘束されてしまった。

「ち、父上!」

 見れば、その息子の少年Aも、ほかならぬ福島家の者たちにその場で組み伏せられている。

 まあそうだよね。少年Bが毒を懐に潜ませていたのだ。その連れであるAのほうも何か持ち込んだと危ぶまれてもおかしくはない。


「とりあえず、事なきを得ました。事情はじっくり時間をかけて聞くことにしましょう。井伊殿、肝心の曳馬戦のことです」

 勝千代が、急ぎ戻る必要のある井伊殿にそう言うと、渋い表情のままため息をつかれた。

「同じ遠江の者が引き込んだのだとすると、集まっている兵たちもどれだけ信用できるか」

「では、原家久野家を後方に下げますか?」

「……いや」

 どすん、と重い音をたてて、興津の足元に原の巨体が崩れ落ちた。

「先鋒を務めてもらおうか」

 うわ、起き上がれないように背中を足で踏んだぞ。

 丸顔の、人のいい中年男風の容貌をしているだけに、その険しい表情と加虐的な態度がミスマッチでひゅっと肝が縮む。

「違うというのなら証を見せよ。ちらりとでも怪しげな素振りを見せたら、即座にそのほうらは裏切り者だ」

 興津の声は地を這うように低く、普段の温厚さからかけ離れていた。

「嫡男らは預かっておく。元服しているのだから、こういう状況も覚悟の上だろう。取り調べには一切手心は加えぬ。素直に話すことだ」

「ま、待って下され!」

 原の背中をぐりぐりと踏む仕草に容赦がない。抗議しようとした原が、ガン!と背中の真ん中に踵を落とされて悶絶する。

「爪を一枚づつはがし、それで間に合わねば指を一本づつおとしてやる。思い上がったその間抜け面に、生涯消えぬ墨でも入れてやろうか」

「ひっ」

 悲鳴を上げて涙を流し始めたのは少年たちだ。

 いや怖いよ、興津。脅しだろうけど真に迫りすぎている。

 え? 脅しだよね? 子供相手にそんな事……

 真顔で視線を返されて、勝千代は内心震え上がった。

 世の中には、怒らせたら駄目なヤツがいたるところにいるようだ。

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福島勝千代一代記
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― 新着の感想 ―
[一言] 現代ものを書きたいの? 戦国ものを書きたいの? 現代人の心を持つけど戦国時代でも活躍できる? 学習能力がない設定上だけはおっさん? 自分で書いていて本当にこれでいいと?
[一言] ごめんなさい、先の感想は消しました。 以降は気をつけて、そのあたりは妄想だけにします。
[良い点] いいぞもっと‥ [一言] そりゃ興津にしてみたら殺しても飽き足らないって感じですよね。
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