表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬嵐記  作者: 槐
第八章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

236/308

38-7

 何が気に入らないのかと真正面から聞いたら、逆に怒り出すのは目に見えている。

 だが、発言を終え口を閉ざした勝千代に向かう敵意は、もはや憎悪の域だ。

 何故たった四歳の幼子にこれほどの対抗意識をもつのか。歳の開きは十近くあり、同世代と呼べるかも微妙なところなのに。

 予想をするならば、勝千代のことは「親に捨てられて養子に出された子」だとでも思っていたのではないか。

 まあ、ふたりも必要でないから片方が母方に戻された形なので、あながち「いらない子」だというのも間違いではない。

 たとえ御屋形様の実子であろうとも、新興の国人領主の養子。しかも病弱で扱いは軽い。……などという前情報があったのだろう。

 遠江の国人領主としてなら、己らの方が立場は上だという自負から、何故か手厚い扱いの勝千代本人に対抗意識を燃やしたのか。

 いや、こういう事は考えても答えは出ない。

「おそらく」を並べた考察は、白黒はっきりするような類のものではないので、執拗に答えを求めるのは無意味だ。


 勝千代はまだ何か言いたげな少年たちをちらりと見て、「もういいだろう」と得心した。

 興津の思惑は理解できなくはない。

 だが、悪意しか向けて来ない相手と「仲良く」できるものか。

 いやむしろ、無理なものは無理と切り捨てる。

 今の勝千代には背負っているものがあるのだ。

 福島正成の嫡男として、家中の者たちに不安な姿ばかりを見せるわけにはいかない。


 こういう時の心の支え、東雲の扇子だ。

 同時にふっとよみがえってきた寒月様から託された『御品』のことは、考えないようにする。

 もちろん今握っているそれとは違う。すでに愛着すら抱いている東雲扇子。二木の鼻の穴に突っ込んだ例のブツだ。

 直垂の腹の前に差していた白い扇子は大人用なので、小柄な勝千代が握っていると、まるでおままごとの様だろう。

 だが、そんな傍目など気にしない。

 取り出した扇子をさっと広げ、パチリと鳴らす。

 そうそうこれ。この音。

 他のも試してみたけれど、東雲の扇子ほどいい音が鳴るものはない。


 「少年たちの」というオブラートに包まれた、悪意という鬱々としたものを捨てると決めた。

 その爽快感で、無意識のうちに唇がにこりと笑みの形にほころぶ。

「興津殿」

 危ない。普段通りに呼び捨てにするところだった。

 勝千代は真顔でこちらを見ている興津と視線を合わせ、一度だけ首を横に振った。

 興津は少し残念そうに、だがたいして固執してくることもなく頷き返してくる。

「彼らを小姓としてお預かりするには、福島家ではいささか不相応なようです」

「不相応なのはそこな鼻たれどもだろう」

 もの凄く不機嫌そうな声でそう言ったのは井伊殿だ。

 やはり先ほど「言ってはいけない何か」を漏らしたんだろうな。

 その地雷が何なのか、あとでこっそり誰かに聞いておこう。


 この場にいる誰もが、何が始まるのだと言いたげに勝千代を見ている。

 場の空気をつかみ、気持ちの流れを誘導することは、かつての勝千代にとって日常業務だった。

 あいつら本当に人の話聞かないからね。

 あいつらというのは生徒だけではなく、その保護者や諸々地域のやかまし方も含む。

 今さら取り繕うのもなんだから言うけど、教師というのは勉学を子供に教えるだけではなく、動物園の飼育員さんと似たようなところがある。

 さっと気を引いて、ぱっと背中を押すのだ。

 もちろん物理的にではないぞ。心理的に、そっちが正しいと思わせる。

 大抵の人間は、最終的には自分でその道を選んだと考えるけど違う。

 戦国時代の命がけの戦場とは違い、右に左に行こうが、結局のところ大きな差などない場合が多いのだ。

 第三者の目で見ると、悩んでいる時点で答えはほぼ出ていると言ってもいいからね。 

 まあ、理系を選んで日本史に疎くなってしまったことは、今となってはかなり後悔しているが。


 かつての諸々を思い出しながら、扇子を再びパシリと開閉する。

 一瞬、その場の空気が止まった。

 少年ABを含め、皆がこちらを見ていることを肌で感じながら、もう一度ニコリと微笑む。

「実際に敵と接する時には、戦況はすでに決しているべきだと考えます」

 勝つか負けるかわからない、いわゆる「生き物」と言われる勝負がある。

 将棋やチェスや囲碁がそうだ。

だが、実際の戦でそれはよろしくない。

 奇襲でもない限り、実際に槍の穂先が触れ合うまでに相応の時間があったはずで、そこで何の対処もとれていないのなら、指揮官失格だ。

 負けると分っている戦いは、極力するべきではない。

 勝てると分っているなら、次はできるだけ味方の損害を減らすことを考えるべきだ。

 

「今回の曳馬戦、どのような策を取ろうとも、今の状況から盤面をひっくり返されることはないでしょう」

 パチリ、と再び扇子を鳴らす。

 それにピクリと反応をしたのは福島陣営、それから興津だ。

「よほどに戦下手な者が指揮をとっても負けはしない。そういう戦況に持って行きましたので」

「おのれ! 我らを愚弄するか!!」

「……愚弄?」

 少年たちの、言質を取ったとばかりの罵倒に、きょとりと目を見開く。

「そうなるよう地ならしをするのは当然では?」

 むしろそうでない戦に、皆を連れて行くことなどできない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

i000000 i000000 i000000
― 新着の感想 ―
[一言] ガキ二人が、ふきあがってるが そこにいる歴戦の、将とか、士とか、兵のおっちゃんたちにとって、勝千代っていう四歳のガキは 血筋が良いだけで仰ぎ見られているのではなく 仲間としても、上役として…
[良い点] AとBが良い味出してる。 [一言] ソウルチートな、勝っちゃんと同じ時代に産まれた不幸を呪うがいいわ〜!
[一言] 段取り八分だよね そこまで行かせるのは厳しいけど 逆にそれだけやってたらミスってもリカバリー効きやすい (除く現場猫案件)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ