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投稿後、いったん下げさせていただき改稿しました。
既読の方、もう一度お読みいただければと思います。
少し内容を修正しました。
最近、無意識のうちに胃のあたりをさすっている。
警備の都合上、できるだけ厠に行かないように水分量まで調整しているのに、しょっちゅう腹が痛くなってしまう。
原因はわかっている。
フレンドリーでアットホームな職場が売りだったのに。
人間関係って本当に難しい。
まだ若い竹のような少年たちだ。押せば押すだけしなる。
勝千代の側付きは実戦経験も豊富で才覚がある者ばかりだから、押された若竹たちはぐいぐいとしなり、束ねられ、悪い大人たちの思うがままに矯正されようとしている。
その反発がこっちに来そうで怖い。
やめてもらってもいいだろうか。
勝千代はため息をついて薬湯をすすった。
「お疲れですね」
弥太郎がこのところずっと半笑いなのが怖い。
絶対に根に持ってるよね。
こういう、一見穏やかで普通そうなやつが一番厄介なのだ。
「……まあ、大目に見てやってよ」
「限度があります」
それって勝千代の? それとも弥太郎の?
勝千代なら、若いガキんちょの多少の反発ぐらい「思春期だしねぇ」と達観もできようが、本気で怒らせたらヤバイ奴の沸点には気を付けて見ていないと。
そう、どちらかというと悪ガキよりも、大人組の忍耐のほうに不安を感じ、胃が痛いのだ。
筆頭は言わずと知れた弥太郎だ。この男は何の前触れも躊躇もなく子供の首を落としてしまいそうで怖い。
次席は逢坂老だ。勝千代を見る目があんなにも好々爺なのに、がきんちょを見た一瞬だけ真顔になる。
戦場の一番危ないところにおいてこようとか、夜中に肥や貯めに沈めておこうとか、ぶつぶつ言うの本当にやめて。
子供はね、多少はやんちゃでいいんだよ。そのうちすっと熱が冷めたように我に返り、これまでの行いが恥ずかしくなるものだ。
たとえば……そう、わざと四歳児の足を引っかけようとするとかね。
もちろん側付きが寸前で止めた。夜なので土井と三浦はいない。寡黙で大柄な男二人組だ。
こいつらも何を考えているのかよくわからない。少なくとも好意的な表情はしておらず、暗闇に底光りのする目でいらずら小僧どもを吊るし上げた。
具体的には、厠に行く途中に綱を垂らしておいて、丁度勝千代が通るタイミングでピンと張ろうとしたのだ。馬鹿だろう。
一人でいるなら暗くて気づかない可能性もあるが、夜目の聞く影供を含め、これだけの護衛がいるのに引っかかるわけがない。
逆に綱の両端を握っていたところを取っ捕まり、容赦なくぐるぐる巻きにされていた。
「……はぁ」
あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて溜息しか出ない。
コレが嫡男だとか、あの家もこの先大変だな。
勝千代は大声で叫んでいる悪たれどもを見て、肩を落とした。
本当にそろそろ引き取ってくれないだろうか。ストレスが半端ない。
「どうされますか」
南が単調な声で尋ねてくるが、知らん。こっちが聞きたい。
だが何も言わずにいると、悪い大人たちのえげつないお仕置きにみまわれそうなので、余分にため息を一つついて胃をさする。
「……このまま朝までその辺に吊るしておけばよいよ」
「なっ」
どうしてそこでショックを受けるんだよ、少年A。憎々し気にこちら睨んでいる少年Bも。
怖いオッサンどもの手にかかって調理されるよりも、一晩木にぶら下げられている方が何倍もいいって。
朝が来たら親切な人が下ろしてくれるよ。それまでの辛抱だよ。
ちなみに、彼らの名前を勝千代が呼ぶことはない。
そもそも挨拶も受けていないし、誰からも教えてもらっていないからだ。
普通小姓になったら、まずは自己紹介なり挨拶から入るんじゃないのか?
挨拶より先に敵意の礫を投げられて、そういうのはすっ飛ばしてしまった。
向こうが言わないから、こっちも聞かない。
形上は勝千代の小姓だが、正式なものではなく、たんなる預かりものだ。
いや本当は名前ぐらい知ってるけどね。知らないってことにしておくよ。
そういう礼儀は大切だと思う。
大軍で移動するというのは、象の足取りにも似たのんびりゆっくりの行軍なのだと学んで数日。
まだまだ先は長くて、胃が痛い日々は続くのか……と、うんざりとした目覚めの朝。
事態が大きく動く知らせがやってきた。
良い知らせだというのは、早朝まだ暗いうちにやってきた志郎衛門叔父の表情を見ればわかる。
「やりましたぞ!」
一応は、勝千代が起きるのを待ってくれていたようだ。しかし、握り締めた書簡の様子から見るに、まだ届いてそれほど経っていないのだろう。
「朝比奈軍が当主牧野田三郎を討ち取りました!」
朝比奈軍は牧野家を猛攻していたが、それは曳馬にいる兵たちを引かせるための手段のひとつだった。
もちろん激戦だったのだろう。
だが、かなりの高齢だという牧野家当主を討ち取るほどとは……
「井伊殿はなんと?」
「曳馬に投降と呼びかけると」
「牧野の嫡男は?」
「そのあたりはまだごたごたとしておりまして、手傷を負わせたようだとは伝わっておりますが、定かではありません」
勝千代は頷いて、三浦に身支度を命じた。
振り返ると、キラキラとした目の好青年が、頬を上気させて勝千代を見ている。
「お色はどうされますか」
その高揚した口ぶりに、苦笑する。
「いつも通りで良い」
勝利の知らせに水を差すつもりはない。
だが、叔父も三浦も歓喜するその知らせは、人が死んだという報告だ。
きっと大勢が死んだ。
手を下したのは朝比奈の兵だが、勝千代がそれに無関係だとは言えない。
「まだはっきりとしたことは分かっていない。ぬか喜びだとがっかりするぞ」
「またそんな。勝千代様の智謀が牧野を討ったのです!」
「いや、朝比奈軍の剛腕だろう」
普段より、気持ち暗めの色を選んだ。
不服そうな三浦が、晴れやかな明るい色味の直垂を未練がましく出してきたが、首を横に振る。
紺色でいい。
それが福島の色だ。




