表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬嵐記  作者: 槐
第八章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

223/308

37-1

 軍勢と同じ速さで行くとなると、本当にゆっくりだ。

 ぱっかぱっかとリズムよく歩く馬の背で、父も同じようにのんびり行軍したのだろうかと考えてみる。

 父と「ゆっくり」という言葉があまり結びつかないのだが、勲功をあげているということは、手足のごとく自身の軍を動かすのだろう。

 つまりは、こうやって「ゆっくり」考え事もしているんだろうな。

 軍隊を動かすには、とかく根気と忍耐と労力がかかる。

 若干四歳にして、勝千代もそれを学びつつあった。

 問題があるとするなら、この筋肉痛と、内ももの擦れと、ひどい乗り物酔いだ。逢坂老に習った乗馬の形など、遠く彼方へ消えてしまった。

 周りの誰もそんなものに悩まされている様子はないから、しっかり訓練すれば同じようになれると将来に期待する。


 時間だけはたっぷりあるし、ここにはスマホもゲームも本もないから、できることがあるとするなら思考だ。

 考えるべきことはいろいろあるが、やはり一番密に詰めておくべきなのは、今のこの状況だろう。

 叔父の前で馬に揺られながら、先ほどの奥平の事を考える。

 どうして、責められてもおかしくない行動をとろうとしたのだろう。

 兵の半数を帰らせるというのは彼自身が言い出したことであり、それでも、残るのは曳馬の兵たちに劣る兵数ではない。

 興津ら本隊が到着するまでであれば、たいした問題もなく持ちこたえられるだろう。

 同行はすげなく断ってしまったが、あの落胆した表情が作りものだとは思えない。

 何かがあるのだ。

 それに思い当たることがないのが、なんとも気がかりで、気持ちが悪かった。


 敵と内通していて、実は攻めてくるのを知っている? ……いや、残存兵の数が迎え撃つに不足だとは思えない。

 わざと負けるように命じられている? ……いや、奥平の兵は、本人が言うように方々から集められた者たちだ。見た所まだ完全に統率できているとまでは言い難く、おかしな命令をすれば否やを唱えられ、ほかの国人領主の指揮下に逃げ込まれかねない。


「ずいぶんとお悩みですね」

 考え込んでいる勝千代に、志郎衛門叔父が声をかけてくる。

「お聞かせ願えますか」

 この時代特有のことなのだろうが、叔父は初対面から非常に丁寧に勝千代に接してきた。それは、自らは臣下であり、勝千代こそが嫡男であるという態度の表れだ。

 ありがたい事だが、やりすぎだとも思う。

 だって叔父と甥じゃないか。……そう思ってしまう感覚が、現代人の甘さなのだろう。

 その感覚を抜きにするのは難しいが、だからこそできることも、見えてくることもある。


「……叔父上」

 勝千代は知っている。

 志郎衛門叔父は人に頼られるのが好きだ。

 手綱を握る叔父をちらりと上目遣いに見上げると、小さく苦笑された。

「奥平のことですか」

「はい。どう思われますか」

「あまり得意な男ではありません」

 それは勝千代だってそうだ。だが聞いているのはそういうことではない。

「落ち度もないのに、いつもあと一息のところで同輩に先を越され、ついぞ今まで所領はなし。ツキに見放された男と言われています」

 嫌なあだ名だな。

「三岳城の城番に抜擢されたのは、あの男にとって大きな機会です。失敗したくはないでしょう」

 ふと、先ほどのすがるような目を思い出す。

「……用心しすぎて石橋を叩き割ったとか」

「壊れないか不安で、思いっきり叩いて回っているのでしょう」

 ちらりと、必死に石の橋を叩いている奥平の姿を思い浮かべてみた。

 妙にしっくりくる妄想だった。

 

 ちょっと見方を変えてみよう。

 奥平にとって、もっとも守るべきなのは三岳城だ。

 曳馬が落ちたと知った時、彼ならどうする?

 今川館から兵は引っ張ってきている。それでも不安は消えない。三河勢が三岳城まで攻めてくるかもしれない。

「……交渉したとか?」

 三岳城は攻めないようにと、密約を交わしたのだろうか。

 可能かどうかはさておき、推察のとっかかりとしては面白いかもしれない。

「何と言いましたか、陣代の……」

 弥太郎に調べさせている「優秀な陣代」。叔父も聞いたこともない男だという。

 すぐに名前が出て来ずに言い淀むと、「榊原小五郎です」とさらりと叔父が正解を告げる。

 そうそう、いろんなところで有名な名探偵の名前と同じだ。ちなみに二木も小五郎というそうだが、それはまた別の話。


 榊原なぁ、榊原……どこかで聞いた気がするんだよな。

 勝千代の「記憶」とは、今は既に遠い現代日本の知識だ。

 そもそも、日本の歴史に不案内なので、勝千代が知っているということは、相当に有名な人物のはずなのだ。

 だが、そもそも振っても何も出て来ない知識の中から、ピンポイントで絞り出せるはずはない。

 有名どころの偉人は、まだ生まれてもいないはずだし。

 同姓のひとだって、山ほどいると思うし。

 あっさり諦めて、再び石橋をたたいている奥平の姿を想像する。

 どうしても号泣姿を思い浮かべてしまい、小さく失笑すると、叔父は不思議そうに勝千代を見て首を曲げた。


「そろそろ休憩するようですね」

 なおも諸々考えこんでいると、志郎衛門叔父の声に思考を妨げられた。

 はっとして顔を上げると、先頭を進んでいた誠九郎叔父が馬を止め、配下の者たちに何やら言っている。

「この先に水場があります。馬を休ませましょう」

 まず叔父が馬を降り、両手を伸ばして勝千代を降ろしてくれる。


 何がきっかけだったのか、よくわからない。

 だが、地面に足がつくのと同時に、ポン! と唐突に思考のかけらが転がり落ちてきた。


 榊原、榊原って……家康四天王のひとりじゃないか!

 そこまで思い出せても、榊原なんだっけ? と下の名前は出て来ない。

 出てくるのは、某タレントの「夏のお嬢さん」のワンフレーズだけだ。


……なんでだよ! 水着は絶対似合わないよ! 会ったことないけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

i000000 i000000 i000000
― 新着の感想 ―
[気になる点] 奥平 >落ち度もないのに、いつもあと一息のところで同輩に先を越され、ついぞ今まで所領はなし。ツキに見放された男と言われています。 これは、あの言動のせいで、肝心なときに周りが積極的に…
[一言] 年代的に、あの有名な(?)榊原さんのご先祖様か、三河に残った分家筋の方かと思われますが・・・それ、三河の氏族ですよね。はいアウトォーっ! ムンクしてる場合じゃないですよこれ。
[良い点] 榊原とは意外な名前が出てきましたね~駿河遠江に地縁の無い松平家臣の伊勢者が陣代とは奥平ちゃんアウトですね。偶然同じ苗字なだけだったりしてw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ