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冬嵐記  作者: 槐
第二章
22/279

4-7

 ここに居てください、と言われ、頷いた。

 眠らされている父の側を離れるわけにはいかないし、これからの仕事に勝千代の手が必要だとも思えなかったからだ。


 段蔵と弥太郎は、いつの間にか黒装束から着替えていた。

 こういうの、早替えというのか? 一瞬視界から離れたかと思うと、次に現れた時には、地味な侍と医師見習いの服装に代わっていた。

 どうやったのかものすごく気になったが、それについて尋ねるのはやめた。

 いろいろと時間がなかったし、そういう空気でもなかったからだ。


 三人がそれぞれに仕事をはじめ、手持ち無沙汰になった勝千代は、改めて眠り続ける父を見下ろした。

 明かりは消されているので、顔の輪郭ぐらいしか見えない。

 生きているのはわかるのだが、ゆすっても起きないのが怖かった。

 何度もその胸に手を置き、規則正しく上下してるのを確かめる。

 確認しては手を膝に戻し、また心配になって……と繰り返しているうちに、嫌な想像ばかりが膨らんでくる。

 このまま目を覚まさなかったらどうしよう。鼓動がどんどん弱くなっているような気さえして……。

 不安ばかりが募り、父の配下たちが運び込まれてくる頃には、そこから手を離せなくなっていた。


「……若君」

 半べそ顔で父に縋りついている幼子の背中に、弥太郎が手のひらを置く。

「大丈夫ですか?」

 勝千代が休んでいた部屋には、次々に父の配下たちが運び込まれてくる。

 真っ暗闇でよく見えないが、やはり細目の男以外にも眠らなかった者はいたようで、複数の人間が慌ただしく動き回っていた。

 めそめそと泣いている場合ではない。


「雨戸を閉め、かがり火を焚け。目を覚ましている者は武装し、中の様子を誰にも悟らせるな」

 弥太郎には見えているだろうが今さらだ。ぐいと目元をぬぐい、周囲にも聞こえるよう声を張る。

「人数がそれほどおらぬのだから、周囲にそれらしく見えるだけでよい。とにかく、この場所に誰も近づけるな」

 少なくとも、父が目を覚ますまでは。


 ここは本丸の中の、奥御殿と呼ばれる一角である。本来であれば城主とその家族が住む生活空間だ。山城なので大きくはないが、敷地に侵入されない限り、守りやすい構造ではある。

 勝千代の指示を聞いていた何人かが、ガタゴトと雨戸を閉めはじめる。

 ただでさえ暗い室内が、なお一層闇色に染まり、勝千代の目には父の姿さえあやふやになる。


 ふっと、傍らで明かりがともった。暗くしておく必要がなくなったので、灯明がつけられたのだ。


 まぶしさに目を眇めながら、隣の部屋を見る。

 敷物もなく板間に転がされているのは、二十名近く。

 眠り薬から逃れることができたのは、ほんの数名だったようだ。

 

 そのうちの一人である細目の男は、両脇に皆のものなのだろう太刀を抱え、頻繁に部屋を出入りしていた。

 時折転がっている仲間を蹴飛ばしているように見えるが、きっと気のせいだろう。

 ……いや今思いっきり頭を蹴ったな。蹴られた人、怪我がないといいけど。


 勝千代は、ちらちらと向けられる視線に耐えながら、父の傍らにちんまりと鎮座していた。

 父の部下たちとの交流はまるでない。

 こういう状況だと、あの細目の男の名すら知らないのは問題だった。

 今も、ばたばたと荒い足取りで勝千代の前までやってきた男が、膝をついて頭を下げるが……どこの誰さんかわからない。


「申し上げます」

 勝千代は、こてりと首を傾けた。

「この建物周辺に歩哨を立て、かがり火を焚きました。すぐそこに下の曲輪につながる門がありますが、どうされますか」

 やけに挑発的な口ぶりだった。


 いかつい男だ。への字に結ばれた唇が、頑固そうに見える。

 どうしてそんな態度を取るのだろう、と考えて、ややあって「ああそうか」と思い至った。

 勝千代が父の嫡男なのは確かだが、家中での評判は悪い。

 武人として名高い父とは違い、病弱で、知恵遅れとさえ言われている。

 いくら父が溺愛していようとも、いやだからこそ、その麾下にある者たちは勝千代を認めたくないのだろう。


 桂殿たちの数年にわたる印象操作も大いに関係あると思う。

 虐待のことまでは知らなくとも、利発な長男のほうを後継ぎに据え替えたいと考える者がいても不思議はない。


 本音を言えば、嫡男云々というのはどうでもよかった。

 むしろ武士など向いていないから、異母兄が跡を継いでくれても一向に構わないのだ。

 ただ、そのために幼い勝千代を虐待し、命まで狙ってくるのは違うだろう。

 諾々とその暴挙を受け入れる義理などないし、むしろそういう正道から逸れるやり方で、うまくいくと思わないでほしい。



「そこを通せ!」

 ものすごく通る声が外から聞こえた。

「ええい! なんの権限があってこのような!!」

 聞き覚えのある大声だ。


 勝千代は、小さくため息をついた。

 誰も近づけるな、と言いつけたはずだが、城主相手では押し返せなかったらしい。

 いや、勝千代の命に従う事を否やとしたのかもしれない。

 

 城主岡部二郎が、友好関係にあるはずの父の部下たちを押しのけても、この部屋にやってこようとしている。

 城が敵襲を受けているこの状況下で、何故彼がここに居て、どうしてそんな行動に出るのか……


 父はまだ深い眠りの中にいる。

 隣の部屋の男たちもまた、起きる気配はない。


 勝千代は、すっと立ち上がった。

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