36-4
三人の叔父と並んで寝た。渋られたが強行した。
やはり冬の屋外で一人は寒い。同じ布団にくるまってとかではないが、誰かとくっついているだけで安心するし、多少なりと暖もとれる。
弥太郎が戻るまで眠れないかもしれない、と思っていたのだが、普通に爆睡した。即落ちだった。
何かに気づいてパッと瞼が開いて、屋外なだけにすぐ夜が明けたことが分かった。
鼻の頭が冷たい。身体も凍り付きそうだ。
だがしかし、直後に目に入ってきた情景に寒さも忘れて見とれた。
美しい朝焼けの空だった。
空気は氷のように寒いのに、空はまるで燃え立つ炎のような茜色だ。
雲が多いからか、登り始めた太陽の光をはじいて赤い。
ぼこぼことした雲の凹凸に合わせてできる微妙な紫と、鮮やかなオレンジ色とが、一瞬寝過ごして今はもう夕暮れなのではと錯覚させた。
「起きられましたか」
志郎衛門叔父はすでにもう身支度まで済ませており、反対に双子はまだ丸くなって眠っている。
「……弥太郎は」
「すでに戻っております。先ほど顔を出しましたが、勝千代殿がまだお休みでしたので下がらせました」
無事だったかとほっとする。
いや、弥太郎本人が曳馬城に出向いたのかどうかはわからないが、特に騒ぎが起こった様子はないので、何事もなく帰還したのだろう。
「先に顔を洗って、身支度を」
叔父がそう言うのと同時に、どこからともなく現れた側付きたちが、パパパッと勝千代の世話をしていく。
勝千代の年齢が年齢だけに、子守りのエキスパートに見えるな。いや皮肉でもなんでもなく、それで食っていけそうなレベルだぞ。
支度をしている間に、双子の叔父たちも目を覚ます。
寝起きのぼんやりとした顔で勝千代の着替えを眺めている。
「失礼いたします」
弥太郎の声がして、はっとそちらを見ると、手に盆にのせた湯呑みを持った姿が陣幕をめくってあらわれた。
薬湯だ。こんな時にもブレのない男だ。
「どうであった」
のんびり薬湯を飲んでいる気にもなれず早々に尋ねると、ニコリと妙に圧のある目で微笑まれ、渋々と湯呑みを受け取る。
……いつもより苦そうな匂いがするぞ。
曳馬に侵入した者が無事なのか聞きたかったが、それは彼のプライドに障りそうなので控えた。側に誰もないときにこっそり聞こう。
「報告いたします」
勝千代が渋い顔をして薬湯をチビチビ飲み始めてから、ようやく報告する気になってくれたようだ。
弥太郎は勝千代が腰かけた足踏み台の横に片膝をつき、丁寧に一礼した。
「曳馬から逃走する者は、理由の如何によらず斬殺されることとなり、脱落者はぐっと減りました。現在ざっとですが、千人いかないぐらいの数でしょう」
斬殺? 切って殺すってことだよね。パニックになって我も我もとなる前に手を打ったというところだろうが……手段を選ばないな。
「曳馬城には大きく分けて二つの派閥があります。牧野、戸田氏。ともに東三河勢ですね」
「松平は?」
「少なくとも、今現在の曳馬の大将格に松平の一族はおりません」
少し考えて首を傾ける。
奥平の結び文にも、興如の例の怪しげな密書にも松平の名が上がっていた。それなのにいないのか。
「では西三河勢はいない、ということでいいのか?」
「と言うわけでもなく、小規模な軍勢で加わっている者の幾人かが西三河の者らしく、更には逃亡しようとして手打ちになった者がここの出のようです」
総じて、今川の三河侵攻に反発しての押し返しで間違いはないのだろう。
西三河勢が少ないのは、彼らの中でも意見の食い違いがあるからか。
東三河と西三河での隔意がある中でこういう事件が起こってしまえば、ますます不満は高まるだろう。
なるほど。付け入りどころはそのあたりか?
これは理性ではなく、感情の問題だからだ。
「とにかく牧野家の者が帰りたがっています。ですが、大将の大林が頑として頷きません」
まあねぇ。今牧野は怒りの朝比奈に攻め立てられているだろうから。
「戸田氏は」
「こちらも帰りたがっていますね。やはり二千の軍勢に怯えています」
なんだ、みんな帰りたがっているんじゃないか。
「頑として引かない、という大林の素性は? 牧野家の家老家だと聞いたが」
「大林源助。家老の息子です」
「嫡男?」
「いえ、庶子あるいは養子なのではないかと。家臣衆からの扱いが軽いように見受けられます」
庶子にしても養子にしても、一軍を任され城を落としたのだから、それなりにやる男なのだろう。井戸に毒を投げ込んで、というやり方にはかなりの問題があるが。
曳馬城に積み上げられているという死体の事を思い出し、紛らわせるように薬湯を口に含み、口の中がイガイガするような渋い苦みに顔を顰める。
「三河方面から来ている忍びの出どころのひとつは、その男だろう?」
「はい。さっとで良いとの事でしたので、気づかれるほど寄りはしませんでしたが、周辺に忍びを置いています」
弥太郎の、常から弧を描いている唇が、ひと際グイっと口角を上げた。
「三岳城へ逃げ込んだのと同じ者だそうです」
「……ほう」
なかなか面白くなって来たじゃないか。
 





 
  
 