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冬嵐記  作者: 槐
第七章

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214/308

35-5

 伊達男の伊達は軽く咳払いをしてから、勝千代と視線を合わせた。

「勝千代さま、何かございますか」

 どうして四歳児に意見を求めるんだ? おそらく周囲の大人たちも皆同じことを考えているぞ。

 こてり、と首をかしげると、伊達はまた「ごほんごほん」とわざとらしい咳払いをした。

 ……そういえばこいつ、ずっと寒月様の屋敷の警護責任者をしていたな。もしかするとあることない事、寒月様や東雲やあそこの家人から聞いているのかもしれない。

「ご遠慮なさらず、何でも仰ってください」

 四歳児に意見を求めるなど正気か、というような視線が方々から伊達に集まる。

 多少利発だとはいえ、噂は噂。どうして子供がこんなところに居るのだと思われているのが手に取るようにわかる。


 まあ、折角だから。

 勝千代は再びパチリと扇子を開いて閉じた。

「……考えていたのですが、戻ってくることが前提なのに、何故わざわざ掛川に召集されるのでしょう」

 福島家に課せられた兵数は五百。寒月様の御屋敷の護衛をしていた者たちをあわせると数はそろった。だが、彼らは土方に移動してきたばかりだ。それなのにまた引き返して掛川まで行き、またとんぼ返りにここまで戻ってくる。

 要領が悪いというレベルの話ではない。

「若君、今川館からの御下知は絶対なのです」

 まだ小さいからわからないだろうが、と言葉にはせず、噛んで含めるように言うのは奥平だ。

 なんだろう、この上から目線。

 寸前まで叔父たちに腹を切らせようとしていたくせに、やけにフレンドリーでなれなれしい。

「遠江の国には弱小な国人領主たちが多く、まとまりに欠けます故に、御屋形様はいろいろとご配慮くださって……」

 勝千代は、なおも懇切丁寧に自説を披露する奥平に呆れた目を向けた。

 それを当の国人領主たちの目の前で言う神経がわからない。

 それに、御屋形様は今臥せっておられる。作戦を考えたのは、あの方ではない気がする。


 奥平に五百の兵を預けた人物は、国人領主を合わせ二千もの軍勢がこれほど早期に集まるとは想定していなかったのだろう。

 特に今川が遠江を支配してから、国人領主たちの仲はお世辞にもよくなかったと聞いている。

 彼らと個別にやりあうのなら、五百の兵数で十分なのだ。

 そう考えると、奥平の存在意味が透けて見える。

 やはりこの男は、いまだ勢力を保持したままの国人領主たちの抑えだろう。

 例えば今川館が三河の侵攻をあらかじめ知っていたのだとしても、それを国人領主たちの勢力を削ぐために利用しようとした可能性は高い。

 土地が荒らされ、彼らの力が弱まったところで、掛川からの軍勢がすべてを平らげる……そういう絵図面だったのではないか。


 だが状況は変わった。

 奥平自身は、遠江の国人領主たちをこうやって集結させたくはなかっただろう。

 彼らの力で三河勢を押し返し、曳馬を奪還して、返す刀で再び今川に反旗を翻すのではないかと危ぶんでいる。

 だからこそ、叔父たちが曳馬城近辺まで来ていることに疑惑を抱き、過剰な反応をしたのだ。

 お仕事熱心? いやいや、今川館の意向に背き、国人領主たちに手柄を立てさせてしまうと、彼自身の進退を問われかねない。


 意気揚々と語る奥平を見る周囲の目は冷ややかだ。

 誰ひとりとして同調者は居なさそうなアウェイ感の中、よくそんな風にしゃべれるな。

 今川という名前はそれほど強く、遠江国人領主たちを縛っているのか。

 勝千代にはなじみのない感覚だ。

 嫌なら嫌と声を上げる事の出来る時代からしてみれば、「パワハラ」「モラハラ」の類としか見えない。

 どう立ち回っても身を削がれるだけという状況は、さぞ腹立たしいだろう。

 井伊の息子が勝千代に好意的でないのも頷ける。

 ちらりと見た井伊殿の顔は、恐ろしいまでの無表情だった。


「奥平殿が掛川に行くように命じられていないのなら、皆が人員を交代する間、ここの守りをお任せすればよいのです」

 勝千代は、にっこりと無邪気なお子様の顔をしてそう言ってやった。

 井伊殿に多少の親しみを感じていた、と言うのもあるし、奥平の態度にイラっとしたというのもある。

 五百もの兵がいるのだから、有効利用してあげよう。

「また雨が降るやもしれませんが、それは辛抱して頂いて。ここに集まっている者たちを交代で帰らせるというのですから、奥平殿が気張って戦線を維持してくれるでしょう」

「い、いや」

「兵の準備をしていたぐらいですから、兵糧もお持ちでしょうし」

 国人領主たちが驚いたように勝千代を見る。

 ちんまいのからこんな風に援護射撃が来るとは思っていなかったのだろう。

「そのかわり、一兵たりとも見逃さないでくださいよ。興津殿がいらっしゃるまでは」

 奥平は達者な口で何かを言おうとした。

 しかし、勝千代がパチリと扇子を閉じた音を聞いてぴくりと身じろぎ、やがて黙った。


 大人しい気質の男ではない。

 分があると思えば噛みついてくるだろう。

 だが逆を言えば、こうやって国人領主たちに囲まれた状況では、何もできないのを理解している。

 まさしくこれが、奥平の避けたかった事態だろう。

 まさか言えないよな。

 お前らが反逆したという名目で、端から力を削いでいくつもりの兵だった……など。

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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃあねえ、最近の福島家は立場的には遠江国人衆と同じようなもんだし。
[一言] 井伊に親しみ感じる要素あったか? と思って読み返したら第一印象は悪くなかったのね
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