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冬嵐記  作者: 槐
第二章

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21/308

4-6

 怪我はしていないのかとか、あれからどうしていたのかとか、聞きたいことは山ほどあったが、声にならない。

 弥太郎はさっと勝千代の全身を確認し、負傷などはないと判断したのだろう。

 眠っている父の口元に手を当て、息があるのを確かめた。


「殿から離れろっ!」

 切り付けるように鋭い声に、飛び上がる。

 そしてようやく、対峙する二人が抜刀してにらみ合っていることを思い出した。


 黒装束の、長身の男は段蔵だろう。

 対するのは、それほど大柄ではない細目の男。


 勝千代は、焦って立ち上がろうとした。

 着物の裾を踏んで転びそうになるのを、寸前のとこで弥太郎が捕まえる。

「……ふたりとも太刀を引け」

 変な恰好で声を出したので、語尾が裏返ってしまった。

「その者はわたしを助けてくれたのだ」


 段蔵の名を口にしていいのかわからなかったので、あいまいな言い方になってしまったが、段蔵は細目の男を、男の方は段蔵を、とりあえず敵ではない? と思ってくれたようだ。


 昼間、ツバキの枝をくれた女童が女中として、弥太郎もまた医師の助手として、この城に潜入していることを知った。

 父からの指示だったのだろう。

 勝千代が危惧するまでもなく、岡部のいう事を信じてはいなかったのだ。


「父上はどうだ? このままにしておいてよいのか?」

「息も鼓動も正常です。それほど強い薬というわけではなさそうです。明日には目を覚まされるでしょう」

「……そうか。よかった」

 勝千代の問いかけに、弥太郎はしっかりと頷きながら答えた。

 それだけで、もう抱き着いて礼を言いたいぐらいに嬉しかった。

 まだ親子としてはほんの数日なのだが、無意識のレベルで父を父だと思っている。実に不思議な感覚だ。



 段蔵と細目の男は、互いを警戒しながら太刀を仕舞い、縄張り争いをしている猫のような雰囲気で距離を開ける。

 勝千代はいくらかほっとして、「座らないか」と言おうとしたところで、再び「ぶお~ぶお~」と例の音が聞こえてきた。

 あれだけ鳴り響いていた耳障りな金属音は聞こえなくて、代わりに男たちの怒声がますます大きくなってくる。

 そうだ、呑気に仲を取り持っている場合ではなかった。


「何が起こっている?」

「敵襲です」

 勝千代の問いかけに答えたのは段蔵だった。

「こんな真冬の雪山に?」

 下手をしたら遭難しかねない雪山の城に、わざわざ兵を率いて攻めてくるものだろうか。

 戦国時代前半の兵は、そのほとんどが領地の農民からの徴兵である。農民が減るという事は、その分農作業をする人手が減る、つまり税収に直結するのだ。

「サンカ衆です」

「……なんだと」

 段蔵の言葉に反応したのは細目の男だった。

 勝千代には聞き覚えのないものだったが、彼には違うらしい。

「まことか?!」

「はい」

 細目の男は外に続く襖に近づき、隙間から外を見た。

 そして何度も舌打ちし、ぶつぶつと悪態をつく。


 その、なんとか衆というのは聞いた事がない。

 城に攻め込むというのだから、近接の国ではないのか?

 細目の男が、「盗人め」「またあいつらか」と吐き捨てるのを聞くに、相当な嫌われ者だというのはわかる。


 しかし……盗人?

 気になって段蔵の顔を見ると、小さく頷き返された。

「お考えになっている通りです」

 村を襲った野盗って、城にも攻撃仕掛けてくるような過激派集団だったの?!

 御台さまの荷を狙った連中は、岡部らが討ち取ったと言っていたが、その報復なのだろうか。


 勝千代は立ち上がり、開け放たれたままの隣室に向かった。

 見るのも恐ろしい死体がそこにある。幸いにも周囲が暗すぎて、大量に広がっているのだろう血だまりも、男の死に顔も、はっきりとは見えなかった。


「この者もサンカ衆とやらか?」

 数歩離れた位置に立ち止まり、そう言うと、弥太郎は勝千代の横で膝をつき、さほどよく調べもしないうちに「違いますね」と断言する。

「サンカ衆は、いうなれば流民。山の民とも言います。兵として雇われることもあるとは聞きますが、城中奥深くに侵入して暗殺を請け負うようなことはないでしょう」

 暗殺。

 改めて聞いて、ぶるりと震える。


 父やその側付きたちは眠り薬を盛られ、前後不覚の状態にされた。

 彼らを無力化して、勝千代を狙った?

 あるいは、無力化して全員手にかけるつもりだった?

 敵の心づもりなどわからないが、真っ先に勝千代の寝所に侵入してきたところを見ると、一番の狙いが誰かは明白だ。


 少し顔を上げ、外の騒ぎに耳を澄ます。

 例の奇妙な音は聞こえなくなっていて、代わりに、ドーンドーンと重い何かをぶつけるような音がした。

 わあわあという人の声はまだ遠い。

 昼間に見た曲輪の壁をすべて破るのは、容易ではないだろう。


 かといって、ここまで来ることはないと高みの見物をするわけにもいかなかった。

「父上の兵はこの下の曲輪にいるのだな?」

 父が連れてきた兵士は二十人ほど。皆武士階級のものばかりだ。

 その全員が薬を盛られたわけではないだろう。細目の男のように、飲まずにいた者、あるいは飲んだ量が少なくてそれほど効かなかった者もいるはずだ。

 そしてその者たちは、今の騒ぎで目を覚まし、仲間たちが不自然に寝入っていることに気づくだろう。


「まずは、眠っている者たちをここに運ぶ」

 勝千代の言葉に、細目の男が振り返る。

 勝千代はその眇めた目つきを無視して、段蔵を見た。

「手を貸してくれ」

 黒装束の、長身の男がその場に片膝を付き、頭を下げた。

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[一言] とても続きが気になります
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