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報告・連絡・相談は大切だ。
勝千代は大柄な叔父たちに挟まれて、小さな身体を更に小さくしながら思った。
叱責されているわけではない。
だが、叔父たちの思っていることはあからさまだ。
しれっとした表情で下座に座っているのは佐吉。
勝千代の書き付けを前に、「ご注文の品をお届けに参りました」という態で微笑んでいる。
「……助かるが」
志郎衛門叔父はこちらを見ない。
「それだけの量をよく用意できたな」
書き付けには「あるだけの米を」と記してある。
佐吉がこの状況を知っていたなら、米をたんまり準備していると予想したのだが、その通りだった。
忍びとしてというよりも商人としての顔で、通常の二割増しの金額を提示してきたが、そこはまあいい。
日向屋はかなりの米を海路で運んできていた。
佐吉は掛川が兵糧をかき集めていたので急ぎ堺から取り寄せたのだと言っているが、もっと前から浜野浦沖にいたのではないか。
叔父が疑うのも無理はない。勝千代だって同じだ。
これから戦になろうというとき、道すがらの三河ではなく小さな港である浜野浦まで兵糧が来てくれたことはありがたい。ありがたいが……怪しい。
佐吉が「米は運べるだけ運んできております」と言いながら、勝千代の書き付けを出してきた為に、非常に気まずかった。
「昨年、三河は凶作でした」
「ではそちらで商売した方が高く売れるであろう」
「いえ、巻き上げる……失礼、回収する銭すらないようなところとは、できるだけ商いは控えたいもので」
今巻き上げると言ったよな。
「財政が安定しておられるというのは、手前どもにとって重要な事です」
いやもう、そのやたらとフレンドリーな表情はやめてほしい。
怪しさ満載のニコニコ笑顔で、さもやり手の商人らしく言うが、佐吉が忍びだという事はこの場にいるほとんどの者が知っているのだ。
勝千代はちらちらと叔父たちの様子を伺いながら、口を挟むか否か迷った。
幼い身で余計な口出しをと厭う志郎衛門叔父ではない。ただ、勝千代が世情に疎いというのは紛れもない事実で、考えていることがまともなのかどうかも判断が難しい。
「佐吉」
しかしこれだけはどうしても聞いておきたくて、叔父たちの会話が尽きた時に控えめに口を開いた。
「兄が曳馬にいるというのはまことなのか?」
叔父たちのなんとも言えない表情が勝千代を見下ろす。
今そんな事を問うている場合ではないと思ったのかもしれない。
どういう状況で城が落ちたのか判明していないので何とも言えないのだが、時期が時期だけにどうしても疑惑を抱いてしまうのだ。
堺で勝千代の噂が流れているとか、曳馬に庶子兄がいるとか、すべてこの男由来の「らしい」という話に過ぎず、実際にどうなのか確認したわけではない。
つまりは、すべて佐吉の自作自演である可能性も捨てきれない。
ニコニコと笑顔だった佐吉が、ふっと目を細めた。
上座にいる勝千代を見つめ、目じりにしわを寄せて笑みを深める。
「手前は商人でございますれば、噂話も飯の種。偽りは申し上げませぬ」
いやお前、偽情報も巧みに操る忍びだろう。
誰もがそう思ったに違いないが、突っ込みを入れる者はいない。
「ですが今もなお、そのお方がそこにいらっしゃるとは限りませぬ」
「どういう意味だ? 亀千代は居るのか居ないのか」
もったいぶったその口調に我慢しきれなかったのは誠九郎叔父だ。
いらいらと膝をゆすりながらそう言って、ドンと床を拳で叩く。
考えないようにしていた筋書きが脳裏をよぎる。
事実庶子兄が曳馬城にいたのだとすれば、最も考えられる目的としては、嫡男に相応しくないと噂される勝千代に成り代わり、自身が再び福島家に返り咲く為だろう。
そのために最も邪魔なのは父だ。その次は勝千代、そして叔父たちだ。
邪魔者はどうする? 消してしまうのが最も都合が良いのではないか?
そのために三河勢を引き入れた?
高天神城を落とすために?
……わからない。
何百もの戦死者が出ると分っていて、そこまでするだろうか。
「失礼いたします」
元気な少年の声が、その場の重苦しい空気を一掃した。
はっと誰もが息をのみ、声の主の方を見る。
三浦の弟が、一斉に視線を浴びて顔を強張らせた。
「どうした」
志郎衛門叔父に問いかけられ、少年は少しためらい、佐吉に目を向ける。
表情から悪い話ではない。飯尾が意識を取り戻したのかもしれない。
叔父が構わないという風に手招くと、三浦弟はささっと膝ですり寄るように寄ってきた。
そして、志郎衛門叔父の耳元で二言三言囁く。
叔父はちらりと勝千代を見てから、表情を変えずに頷いた。
「米はすべて買い上げる。そちらの言い値で良い」
「支払いはどうされますか」
「すぐに用立てる。誠九郎、あとは任せた」
勝千代は、立ち上がった志郎衛門叔父に続いて腰を浮かせた。
咎めるように見られたが、構うものか。
勝千代は目先の事に気を取られていたので、佐吉が張り付けたような笑みを外し、真顔になったことにまったく気づいていなかった。




