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冬嵐記  作者: 槐
第七章

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32-4

 勝千代はただ尻が浮くほどに驚いただけだが、周囲の大人たちはさすがに戦国の男だ。驚愕の表情を浮かべたのは一瞬で、すぐにそれぞれが動き始めた。

 特に誰かが指示を出しているという風ではない。

 一斉に各々目的地へ突進するような感じで、勝千代に向いていた凝視があっという間に霧散した。

 

 カンカンカン! カンカンカンカン!

 櫓の上の方で、一定のリズムで鐘は鳴らされ続けている。

 状況が分からないまま座ってなどいられず、勝千代は何も言わずに埃っぽい草履に再び足を突っ込んた。

「巻き込まれては危のうございます」

 立ち上がろうとした動きに気づき、土井が引き留めたので、そわそわと様子を気にしていた側付きたちが、はっとしたようにこちらを見た。

「槍を持った者どもが走り回っておりますので」

 まあ確かに、鎧兜に槍を持った武士に正面衝突されたら軽く吹き飛ばされる自信しかない。

「何が起こっているのか見て来い」

 三浦の指示に従って駆けだしたのは二名。

 残りはむしろ勝千代との距離を詰めて、周囲を警戒しながら様子を見ている。

 

 叔父たちは既にどこかに飛び出して行ってしまった。

 一方向ではなく、それぞれが違う向きに走って行ったので、任せられた曲輪なり防御施設なりがあるのかもしれない。

 それからほんの数分も経っていなかったと思う。

 まだカンカンと鐘の音が鳴り続ける中、本丸の中枢部分である建物の入り口に数人の男たちが駆け込んできた。

「申し上げます! 三番櫓より! 所属不明の騎馬が川伝いに近づいています! その数二十!」

「申し上げます! 負傷した伝令が一名、大手門にたどり着いています!」


 ……いや、どうしろと?

 勝千代は、飛び込んできた男たちの報告を頭から浴びて、当たり前だが当惑した。

 報告に来た男たちも、おそらくはマニュアル通りの行動をとっているだけなのだろうが、そこにいたのが幼い童子だったせいで戸惑った表情を隠せない。

 勝千代は少し考えて、守るために前に出ていた谷の腕に手を置いた。

「騎兵は二十?」 

「……っ、はい!」

「その後ろから徒歩かちの兵は来ていないか?」

 勝千代の問いかけに対して、最初に飛び込んできた兵はとっさに答えられなかった。

 戸惑った表情のまま勝千代を見つめ、凍り付いたようになかなか動かない男に、苛立たし気に三浦が手を振る。

「すぐに確かめて参れ!」

「ははっ!」

 ぐるりと踵を返した男が、派手に躓き転んだが、誰も手を貸すことはなかった。


「この城に怪我人の手当てができる者はいるの?」

「金創医の心得がある者でしたら幾人かいるはずです」

 金創医? なにそれ? と思いながらも、「医」というぐらいだから医師だろうと頷き、早く怪我人の元へ向かわせるようにと告げる。

 後から聞いたところによると、薬草学や蘭学などの知識方面からではなく、前線で止血方法などを学んだ、要するに外科的応急処置ができる者のことを言うらしい。


 その後も次々と物見の兵たちからの報告が上がってくる。

 勘弁してほしい。たった四歳の童子に何をさせるのだ。

 状況はもちろんのこと、兵の動かしかたひとつわからないのに、万が一の状況になったらどうしてくれる。

 幸いにも難しい判断を要求されるようなものはなく、ひっきりなしに入ってくる報告を当たり障りなくさばきながら、都度都度どこかにいる叔父たちに伝言も頼んだ。

 報告・連絡・相談は大切だからね。

「すぐに叔父上に伝達」

「はいっ」

 まったく全然見知らぬ誰か、一朗太殿ほどの年頃の少年が大声でそう返答して、バタバタと駆け出して行く。

 幾人目かの伝令役の背中を見送っていると、唐突に鐘の音が途切れた。

 けたたましい半鐘の音がなくなると、急にシーンと不気味な沈黙がその場を支配する。


 正直に言えば、すでに危険は少ないだろうと知っている。

 城を襲いに来るような敵の数ではなかったからだ。

 だが、正体不明の騎馬兵が数十人、城の周囲に出没していることは確かで、遠目には無頼の輩には見えないものの、それは安心できる要素ではない。

「申し上げます!」

 半鐘は鳴りやんだにもかかわらず、まだ仕事は終わらないようだ。

 勝千代が諦め半分にため息を飲み込み顔を上げると、ここへ来るのは幾度目かの伝令役が息を荒立てながら直立していた。

「大手門の怪我人が密書を所持しておりました!」

 ざっと膝を付き掲げたのは、べっとりと血の付いた折り封だ。

 まず谷が受け取り、軽くうわべを確認してから南に手渡す。

 それからさらに幾人かの手を経由して……ちょっとまって、何で最後が弥太郎なんだよ。

 弥太郎は恭しく書簡を受け取ってから、それを勝千代が座る上がり框の横に置き、指先で慎重に血まみれの折封を開いた。

 下に敷いた手拭いがあっという間に真っ赤に染まったから、相当の血を吸っていたのが分かる。

 ああそうか、毒物を警戒しているのか。

 ようやくそのことに思い当たり、まだまだ認識が甘いなと自省しながら、弥太郎の指の動きを見守った。

「意識は戻りそうにないのか?」

「日を跨げるか五分五分だそうです」

 下がろうとした伝令に三浦が声をかけているのが聞こえる。

 返答する男は小声で返答し、ぺこりと頭を下げてから踵を返した。


 勝千代は、危険は少ないと緩んでいた気持ちを引き締めた。

 紙に含まれた血の臭いが、状況の深刻さを物語っている。

 現に今、敵の手からはなんとか逃げ延びたものの、命の境をさまよっている者がいる。

 おそらくは彼が運んできたその密書を、追手が奪い取ろうとしたのだろう。

 よほどに重要な事が書かれているに違いない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 入城とともに戦闘警戒とは、お勝ちゃんも災難な…
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