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冬嵐記  作者: 槐
第七章

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191/308

32-2

 高天神城の大手門は、視覚的に、掛川城の半分もない門構えだ。

 だが、平山城の掛川とは違い、ここは山城。

 城門は武骨で重厚な鉄の拵えで、分厚い門扉とそれ以上に背の高い城壁がまるで……以前にアニメか何かで見たことがある山賊の砦のような雰囲気だった。

 そういえば、育った城ではあるが、こうやって門をくぐった記憶はない。

 小さな城だという事は知っていた。

 歩けば子供の足でも一周できるほどの規模だ。

 だがしかし、幼い勝千代はごく狭い範囲しか移動を許されておらず、視界の左右は高い壁に塞がれ、唯一開けた一方向に見えるのは、深い山並みと足元に続く急斜面の崖だけだった。

 閉ざされた、本当に狭い世界にいたのだ。


 改めて見上げた高天神城は、かつて感じていたような監獄じみた要塞というよりも、岡部の城をもっと小規模にして、もっと世代を逆行したかのような……福島家が主城にするにはいかにも小さく、武骨な印象の城だった。

 国境の守りのために作られた城や、後世にも名が残る街中の城と比べるべきではないのは分かっている。

 そして戦国時代の多くの城が、目の前にあるこの城のようなものだったのだろうと想像もつく。

 だがしかし、石垣もなく急斜面の山肌を利用して建てられた高天神城は、勝千代の認識的には城ではなく、木造りの砦のように見えた。


「御嫡男勝千代様御帰還!」

 唐突に、びっくりするような大声で口上を述べたのは、背後の土井だ。

 やめてほしい。鼓膜に対する致死レベルの攻撃だ。

 ぎぎぎぎ……

 重そうな扉が左右に動かなければ、恥も外聞もなく両耳を塞ぎ、後ろに向かって苦情を申し立てていただろう。

 ぎぎぎぎ……

 あの扉には油をさすべきだな。

 そんな事を思いながら、数人がかりで押している扉が完全に開ききるまで馬上で待った。

「勝千代殿」

 扉の向こう側にいたのは、志郎衛門叔父と、父並みに巨躯な男性二人だ。

 片方がつるっぱげ……失礼、坊主頭で、もう片方は父を彷彿とさせるぼさぼさ髪。頭髪の違いがなければ目元にある黒子まで瓜二つの双子だった。

 双子だということで、すぐにまだ会ったことのない父の弟たちだとわかった。

 志郎衛門叔父も小柄な方ではないので、やはり福島の血筋は屈強な体躯を持つものが多いのだろう

 勝千代は、土井の手綱で歩き始めた馬に乗ったまま、近づいてくる叔父たちを冷静に分析した。

 表情が険しいのはデフォルトだろうか。いや、志郎衛門叔父も眉間の皺が深いから、先ぶれで知らせておいた庶子兄の件があるからだろう。

 ……勝千代があまりにも小さく貧弱で、気に入らないとかでないといいのだが。


 まず目が合ったのは志郎衛門叔父だが、髪がある方の叔父が思わずと言った感じで前に出てきて、勝千代に両手を差し伸べた。

 近くで見ると、年は三十を少し過ぎたぐらい。父はくっきり二重の堀深顔だが、こちらは奥二重の切れ長の目。父よりむしろ悪人顔だ。

「あ、すまん」

 だがしかし、声が若くて明朗だった。

 ためらったのは、差し出された叔父の手に酷い火傷が見えたからだが、叔父はそれを怖がっていると取ったのかもしれない。

 勝千代は何も言わず、引かれそうになった叔父の腕に手を伸ばした。

 叔父はほっとしたように表情を緩め、勝千代をひょいと馬上から降ろした。


「養子に出た弟の川久保誠九郎と柳原源九郎です」

 志郎衛門叔父が真っ先に紹介してくれたのは、予想通り、父の双子の弟たちだった。

 福島の分家筋に養子に行ったと聞いている。

 もじゃ髪のほうが誠九郎で、髪のないほうが源九郎だそうだ。

 勝千代にとって初対面の叔父たちは、何故か複雑そうな表情をしていて、悪意は感じないものの、いささか気になる雰囲気だった。


「勝千代です」

 ともあれ、まずは挨拶。愛想よくにこりと微笑み、頭を下げる。

「初めてではないかもしれませんが、よろしくお願いします」

 双子の叔父たちは、意表を突かれたような、ちょっと驚いた顔になった。

 近くで見ると、頭髪を剃り上げている方の叔父が、顔の上部三分の一と側頭部に酷い火傷を負っているのがわかった。

 髪を伸ばさないのは、部分的に生えてこないところがあるからだろう。

 男だから多少の傷はともかくとして、髪が生えて来ないのはつらいよな。

 わかるよ……と、労りを込めて微笑みかけると、複雑そうな表情を返される。


「ここは冷える、中に入りましょう」

 山からの風が頬を切り、寒いな……と感じるのとほぼ同時に、志郎衛門叔父が門前での立ち話を収めた。

 相変わらず勝千代の事をよく見ている。

 そろそろ足先まで氷のように冷えてきたので、移動したいと思っていたのだ。

 勝千代が頷き、歩き始めると同時に、志郎衛門叔父が手を差し出してきた。

 何も考えずその手を握り返して、叔父と甥とで仲良く手をつないで坂道を歩き始める。


 やけに強烈な視線を感じて顔を上げると、残りの叔父たちが口を半開きにしてその様子を見ていた。

「……叔父上?」

 訝しみながら首をかしげると、その目が更に極限まで見開かれる。

 さすが双子、見事なシンクロ率だ。

「お気になさらず」

 志郎衛門叔父が咳払いをしながらそう言うが、どうしたのだろう。

「それよりも足元に気をつけてください。このあたりから段差があります」

 そうそう、山城なので、生活圏の道でもかなり急なのだ。よじ登るほどの傾斜はさすがにないが、そこかしこに飛び出した石や木の根があって、よく見ていないと躓く。

 昼間でも、日差しの角度によっては木々や崖の影になって足元がよく見えないところがあり、しっかり目を凝らしていないと本当に危ない。

 何しろ安全柵などないのだ。転んだ場所が崖の際の方だった場合、最悪下まで転がり落ちかねない。

 ちなみに経験談だ。

 高いところから突き飛ばされ、土の斜面と茨のような藪を突き破ってかなりの高さを落とされた。

 子供の身体は柔軟なので、軽い裂傷程度の怪我で済んだが、その幸運が何度も続くとは思えない。


「書簡は届きましたか?」

 思い出した嫌な記憶を振り払おうと、歩きながら問いかけると、志郎衛門叔父が目の前の石の階段を指さしながら首を振った。

「拝見しましたが……その話はあとにしましょう」

 そうだね。まずは足元だよね。

 勝千代は頷き、再び地面に神経を集中させた。

ちなみに

お父さん福島正成の若いころの通称は「孫九郎」

元服したら、勝千代もそう名乗ります。


正式な官位かどうかはわかりませんが、代々福島家では上総介と兵庫介、志郎衛門(創作)という名乗りがあって、お父さんが当主になるのと同時期に兄弟でそれぞれ受け継ぎました。

双子にはないのは、それより早く婿養子に出たからです。


福島上総介(孫九郎)正成36

江坂志郎衛門(信九郎)是成34 同腹→分家設立

川久保誠九郎忠成32 もじゃ髪

柳原源九郎助成32 髪のないほう。双子、継室腹→婿養子

福島兵庫介(平九郎)助春32 元服まで庶子後母親が継室に


お父さんのお父さんは三度正室を娶っています。二人目までは早期に死別(創作)

年齢は参考。これぐらいの年齢差だという設定です。

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福島勝千代一代記
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モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 逃れられぬ死の象徴のような過去(つい最近)の亡霊に比べれば、強面で火傷の痕がある叔父さんとか難易度低そうですね。 生きる事が厳しい時代って、身内判定はシビアな代わりに身内には現代より余程親…
[良い点] 悪人の砦って(笑) 信玄や家康でも正面からじゃ落とせなかった堅城なのに……
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